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2019年01月23日

大昔にもレンタル店が?江戸時代の貸本屋事情…連載32 

悲しいかな、「現代人は読書離れ」と言われております。読書が趣味という方にお目にかかる事も少なくなりました。江戸時代はいったいどうだったのでしょうか? 読書を楽しんでいたのでしょうか?今回は江戸の人々の読書をご紹介いたします。

まず本を読むためには文字が読めなくてはなりません。江戸の都市部で識字率が高かったのは有名ですが、明治になってから京都で行われた調査によると、江戸時代後期に基礎教育を受けた男性の69%、女性の47%が読み書き出来たそうです。
これは、都市部では少しでも良い条件の仕事に就くためと、商人として生きていくために読み書きは欠かせなかったためです。子供は6歳頃になると寺子屋や手習所に通い読み書きを習得したため、江戸庶民の多くは本が読めたのです。

しかし江戸時代の本はいわば手作りですから大変高価でした。井原西鶴の「好色一代男」が約2500文、「芭蕉句遷」が450文という値段。ご存知のように蕎麦が16文ですからかなりの金額になる訳です。

こうした高価な本を庶民に提供するのが貸本屋という商売です。昭和になってからもまだマンガなどを扱う貸本屋があったそうですが、それと同じで一定の期間本を借りて料金を払うシステムです。今でいうレンタルDVD方式です。
この商いは行商方式で、借り手の好みに合う本を持って行くのが貸本屋の腕の見せ所だったようです。金額はジャンルによっても違いますが、だいたい半月から一か月借りて六文から30文程度のようでしたから、蕎麦の値段と比較するとそう高いものでは無かったと思います。

文化5年(1808年)になると、組合に所属していた貸本屋は656人ほどで、1人当たり170件のお得意様がいたといわれています。そうなると10万人の読書人口があった計算になりますが、読み聞かせ、回し読みを考えると読書人口は更に増加することになります。

 江戸初期の出版物は関西(京都、大阪)中心で、公家、武家、僧侶など知的階級のためのものに限られ、仏書、漢書などの学術書が主流でした。
元禄の時代になると、西鶴や近松門左衛門が、町人の視点に立った作品と浄瑠璃ブームとあいまって大変な人気になりました。
また江戸では上方の有名版元の出店が元禄の頃まで中心でしたが、それ以降は地元の版元も出て来て「赤本」と呼ばれる子供向けの本を出版しました。絵の周りに字が書いてあり、文字が読めなくても楽しめた本です。やがては絵本の大人版「黄表紙」が出版されて、寛政以降は滑稽本、怪奇物や活劇が題材になる読み本が盛んになっていきます。

江戸の出版は華やかではありましたが、いろいろな理由で幕府から規制や弾圧を受けたりもしました。ですが出版内容に規制がかかるのはあくまで「出版物」。知恵ある江戸っ子は書き写す「写本」という本を生み出したのです。なるほどそれならば規制外になるという事です。

江戸の貸本屋はそれぞれ得意先の好みの本を背中にしょって、街中を歩きセールスしていたのです。お客様のニーズに合った物を提供する……今のビジネスと同じです。繁盛するにはコツコツと努力したに違いありません。今の図書館事情を知ったらさぞ驚くことでしょう。(老友新聞社)

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酒井 悦子
  • 伝統芸能コーディネーター / 筝曲演奏家

幼少より生田流箏曲を学び、現在は国際的に活躍する箏演奏家。

箏の修行と同時に、美術骨董に興味を持ち、古物商の看板も得る

香道、煎茶道、弓道、礼法などの稽古に精進する一方で、江戸文化の研究に励み、楽しく解りやすくをモットーに江戸の人々の活き活きとした様子と、古き良き日本人の心を伝えている。

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