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2018年06月21日

老いは日々人生をけずる。その尺度は人によって違う…「老いの尺度」<市田ひろみ 連載27>

私の仕事は、地方へ出張するものがあり、宿泊の時もある。
宿泊の時、私は注意深く自室のテレビをつける。
うっかりスイッチを入れると、びっくりする程の大音響の時があるのだ。
機械に弱い私は、どのボタンで消すのか、あたふたする。前夜の宿泊客が高齢者だったのだ。

この間も講演会があって、「老いの尺度」というテーマだった。
講演の途中で、おばあさんが立ちあがってこう言った。
「先生の声が小さくて、後ろの方は聞こえませんわ。もっと大きな声で話して下さい」
一瞬会場はざわめいた。
私は50年も講演活動をしているので、自分で言うのも何だが、マイクの使い方はうまい。
会場によって音響の状況が違う。講演をはじめると、最初のひとことで大体わかる。
私の声が小さいのではなく、おばあさんの耳が遠いのだ。
大体、会場は事前にマイクテストをしてあるので、あとはマイクと唇の距離だけだ。マイクに近すぎる大きな声は、聞いている人はつらい。

先日、同級生から相談を受けた。
「私、もしかして、耳が遠くなったのかも知れない。誰か、良い先生知らない?もう5~6軒、相談に行ったけど、どこも悪くないって言われるの」
「―もしかして」
もしかしてどころか、もう私達グループの中では、みんな知っていることだ。彼女は耳が遠いので、顔を近づけて話している。
「どこも補聴器勧めはんねん。もうけよう思うて。補聴器て、8万位から80万位まであんのえ」
「へえー?そんなにするの?」
「補聴器なんかつけたら、おばあさんみたいに見えるやん!!」
「でも、聞こえにくくなったら、不便でしょ。今、良いのできてるでしょ」
私は父の補聴器を何回か買いに行ったけど、彼女は聞こうともしなかった。
補聴器の値段よりも、年齢のことだったのだ。

私の母は、2005年、95歳で亡くなった。
母は小学6年生の時、中耳炎で右耳の聴覚を失った。
今だったら治ったかもしれないけど、当時の技術では追いつけなかったのか、一生涯、片方の耳で生きた。
私達家族は、電車でも飛行機でも、必ず母の左側に座ってあげていたが、他人に理解を求めるのは無理だ。
きっと口には出せない、辛い日々だっただろう。

老いは日々音もなく人生をけずってゆく。でもその尺度は、人によって違う。
「お若いですねー」
「そんなに見えませんわー」
これはお世辞だ。でも、お世辞でも高齢者に対するマナーだ。ひざ、腰、肩など、日本の国民病みたいなものだ。
同窓会で勝とうと思ったら、「背筋」「姿勢」だ。しかしこれらも、日々の努力だ。姿勢の良い人になろう。(老友新聞社)

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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