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医療と健康

2023年08月29日

「日本の研究力の凋落を憂う」

残暑お見舞い申し上げます。
今回のテーマは「日本の研究力の凋落を憂う」とさせて頂きました。この異常に暑い夏のなかで、私が最もショックを受けたのは、日本の科学研究の実力が急速に低下し、これまでのような世界における日本の研究大国としての存在感が急速に薄れてゆく現状が明らかになったことです。このようなテーマを挙げると、読者のなかには、「健康」と関係ないだろうと思う方がいるのかも知れません。しかし、それは違います。実は日本の科学研究のレベル低下には、私達の日常生活での医療や医薬品(お薬)、そして健康と密接に関わる事実が数多く含まれているのです。

文部省の科学技術・学術政策研究所では毎年、研究レベル(実力)の目安となる論文数、あるいは日本から発出された論文が世界でどのくらい利用されたか(引用数)を3年分の年平均数を国際的な順位を算出し公表しています。今年の発表によれば、毎年日本はその国際順位を落とし続け、(例えば1998年の4位から)今年は13位にまで後退していることが明らかになりました。特に「注目度の高い論文」として、他の論文に引用された回数が上位10%に入る論文数でも凋落し13位と過去最低となりました。このような順位の低下はこ毎年悪化し続けているのです。2000年以降のこの20年間の推移を見てみますと、トップは長いこと米国でしたが、2020年には中国がトップとなり、米国は2位となりました。中国の科学研究分野での強大化には目をみはるものがあります。次いで3位英国、4位ドイツ、・・・と続きます。日本は特に2010年以降急激にランクを下げ、2020年には韓国やインドに抜かれて12位となり、今年はさらにイランにも抜かれて13位へと、まさに谷底に落ちていくように研究力が凋落しているのです。

このような日本の科学研究レベルの低下は、実は私達の健康問題にも深刻な影響を及ぼすことになります。例えば、多くの方は、毎日お薬を飲んでおられると思いますが、このお薬、すなわち医薬品を開発し、より良い医薬品を広く国民に提供してゆくためには、日本国内での十分な開発投資をもとに、日本人を対象とした臨床研究データに基づく質の高い研究によって、医薬品の有効性や安全性を確認されたうえで承認されなければいけません。しかし、新型コロナウイルス感染症の爆発的な流行(パンデミック)の際、日本にはコロナウイルスに対するワクチンが全く供給されませんでした。現在でも世界で実用レベルにあるワクチンは中国、アメリカ、イギリス、ロシアなどで残念ながら日本では全く供給レベルにないのです。このような研究の立ち遅れの理由は多々あるのですが、一言でいえば国・国民にパンデミックに対する危機感が乏しく、感染予防やワクチン開発に対する(ある程度無駄を覚悟の)研究予算措置をはじめ、研究開発に必要な緊急の(ある程度簡素化した)手続き、そして臨床試験の準備など国のサポートが全くなかったといっても過言ではないのです。実際今日の日本はワクチンも含めた新薬開発に関する研究開発能力が衰えているデータも明らかになっています。2000年頃には世界の新薬開発において、日・米・欧の三極がリードしていたのですが、2020年には日本の立場はすでになく、アジアにおいてすら、中国や韓国に追い抜かれてしまいました。特に中国の進展は著しく、日本企業発の新薬は減少の一途をたどっているのが現状なのです。

何故、日本はこの十数年の間にこんなにも総合的な研究開発能力が衰えてしまったのでしょうか。多くの原因が考えられるのですが、国の研究行政の劣化が最大の原因だと私は思っています。基本的には能力の高い研究者や息の長い基礎的研究を大事にしていないのです。例えば今年3月日本を代表する研究機関である「理化学研究所(理研)」では一気に100人近い優秀な研究者が契約を打ち切られ、「雇い止め=首切り」が行われました。驚くべきそしてとても残念なことです。この背景には、研究者=労働者として契約期間が10年を超える(有期)雇用の場合に、無期雇用への転換の権利が発生する「10年ルール」が設定されため、雇用者側(理研)が雇用継続10年となる(すなわち研究者が無期雇用となる可能性のある)直前に雇用を打ち切ったのです。このような、いわば有能で熟練した指導的な研究者ですら使い捨てのような実態は理研だけでなく、日本全国の大学や研究機関で起きているのです。本来、研究者も含め労働者のためのルールがあるはずが、単に有期雇用に移行することを防ぐため、特段の理由もなくあっという間に解雇されるような現状のもとで、研究者が安心して研究に没頭し、十分な研究成果を上げることなどできるはずもないのです。

現在の我が国の研究力の凋落をくい止め、国のあらゆる産業、社会環境、安全対策、そして私達の健康を守るための研究業績や研究レベルを常に世界トップグループとして伍してゆくためには、どうすれば良いのかを、皆様も身近な問題として少しお考え頂ければと思います。

主要国のTOP10補正論文数(分数)の世界ランキング推移

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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