医療と健康
17年前の私たちの今
今回のタイトルは「17年前の私たちの今」としました。ちょっとわかりづらいタイトルですね。これは、最近厚生労働省からある調査の結果が報告されたことに基づいています。
この調査は「中高年者縦断調査(中高年の生活に関する縦断調査)」と呼ばれるものです。これは、平成17年度に開始され、その後毎年1回(11月の第1水曜日)ずっと同じ方を同じ方法で追跡調査している調査で、国の実施している縦断調査(研究)ということになります。特にこの調査は、団塊の世代を含む全国の中高年者世代の男女を対象とし、その方々の健康・就業・社会活動などについて、意識の面と事実の面の変化の過程を継続的に調査しているものです。
ここで大事なポイントは「縦断調査」ということです。
私たちの健康情報をもたらす様々な「調査」には大別して「横断調査」と「縦断調査」の2つの方法があります。実は私たちの日常で老化や健康問題について、「間違った常識」の多くは「横断調査」のデータによってもたらされているのです。例えば「ある調査で、40歳代の人の平均身長は165cm(図中A)なのに対し80歳代の人の平均は150cm(図中B)でした」(平均身長の数値はすべて仮です)というと、多くの人は、「なるほど、40歳代から80歳代までの40年間に老化によって身長は(A-B)15cmも縮むものだ」とついつい考えてしまいます。しかしこれは現在の40歳代の成人と80歳代の高齢者の身長をある1時点で(横断的に)比較したもので、実際に40歳代から80歳代に40年の(縦断的な)真の老化を現したデータではないのです。真の老化のデータは現在80歳代の方が40歳代だった時の身長(おそらく165cmよりも低かったと思います。仮に160cm(図中A‘)としておきましょう)から現在の身長を引いた数字ということになります。すなわち40歳代の160cmから80歳代の150cmまで40年間で(A’-B)10cmだけ縮んだということになるわけです(図)。
このように、世の中にあふれている老化に関するデータやイメージの多くは1時点での横断的調査によるデータが多く、真の老化を誇張したり歪めたりしてしまう可能性が強く、十分な注意が必要なのです。もう1点、「横断調査」と「縦断調査」の決定的な違いは、因果関係を明らかにすることができるのは「縦断調査」のみなのです。「横断調査」では1時点の調査のため関連性の有無は判るのですが、何が原因で何が結果なのかを区別できないのです。
今回トピックに選んだ厚生労働省の縦断調査に話を戻しましょう。この調査は平成17年(2005年)10月末時点で50~59歳であった全国の男女40,877名の方々を対象として開始され、第1回調査では34,240名(83.8%)の方から回答がありました。その後毎年11月に厚労省から郵送された調査票に自ら回答し厚労省に返送する方法で行われたものです。縦断調査では毎年同じ方を追跡して調査しますので、どうしても年々(調査ごとに)対象者の数は減ってゆきます。この調査でも第2回以降、毎年90%以上の非常に高い回答率があるのですが、それでも開始から17年経ってみると第1回調査から第18回調査まで回答された方は16,043人と約47% と半数以下に減少していました。令和4年11月(第18回)の調査では、対象者の方々の年齢は67歳~76歳になっておられることになり、この17年間の間にすべての対象者が高齢者になられましたが、この間に対象者はどのような健康の変化や気持ちの変化などがあったのかをみていくことにしましょう。
まず、「健康状態の変化」についてですが、自分で自覚する健康状態が「よい」と思っている方の割合は、第1回目の時には80%を超えていましたが、その後、第1回目からずっと健康状態が「よい」と思っている方の割合は年々減少しており、17年後(今回)の調査では37.2% まで減少しています。一方で、「よい」から「わるい」に変化している割合は毎年3%程度でずっと推移しており、高齢になるにつれて健康状態は少しずつ低下している傾向がうかがえます。特に、心の状態で「心理的苦痛を感じている」すなわちストレスを感じている方の割合は17年前は男女ともに6.3~6.5%でしたが、今回の調査では、男性10.0%,女性7.2%と増加していました。特に令和2年からの3年での増加が大きく、おそらくコロナ流行による様々な生活上の制限が影響しているように思われます。コロナ流行の影響は「社会参加と活動の状況」ではっきりと見て取ることができます。すなわち、この17年間で社会参加活動の中で「趣味・教養の活動あり」の割合は第1回目には全体で59.4%でしたが、その後令和元年の(第15回調査)までは徐々に増加していましたが、令和2年の調査では一気に20%近くまで落ち込んでいました。今回の令和4年調査では52%まで回復してきましたが、今後の動向に注目しています。
第1回調査から継続して健康維持のために心がけていることについても興味深いデータが出ています。それは健康状態が第1回からずっと「よい」と思っている方が継続して健康維持のために心がけている保健行動(複数回答)で10%以上の項目は次の5項目でした。1位は「適度な運動をする」(13.5%)、2位は「食後の歯磨きをする」(13.1%)、第3位は「バランスを考えたような食品を摂る」(12.5%)でした。(図)よく横断研究のデータでも「運動」、「栄養」などは健康維持と強いかかわりがあることは知られていますが、縦断研究でもそれが証明された形となりました。すなわち、因果関係として、健康だから運動と栄養に気を付けているのではなく、運動と栄養に気を付けているからこそいつまでも健康だということが証明されたことになります。皆様もぜひこれらの「心がけ」を大切にしていただきたいと思います。最後になりますが、私が特に注目しているのは中年期からの「食後の歯磨きをする」習慣で、この習慣が健康維持に大きな影響をもたらしているようです。近いうちにこの両者の関係については詳しく述べたいと思います。
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- 鈴木 隆雄 先生
- 桜美林大学 大学院 特任教授
- 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
- 超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
- 老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊
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