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医療と健康

2020年04月24日

超高齢社会のリアル -健康長寿の本質を探る- 連載8「低栄養に気を付けましょう」

1.低栄養

低栄養の問題は単に高齢者の問題にとどまらず、現在の日本人全体を覆っている国家的な問題でもあります。1960年代以降の日本人の長寿化に最も大きな原因の一つが、お肉の摂取に代表される動物性たんぱく質の摂取の増加、あるいは油脂類の摂取の増加による栄養状態の改善ということができます。しかし、2000年以降日本人の総エネルギー量(kcal)は2,000kcalを下回り、減少傾向が止まらない状況にあります。さらに動物性たんぱく質を含む全てのたんぱく質摂取量、および油脂類(脂肪)もまた2000年以降減少しているのです。特に若年層そして女性での低下傾向が著しく、今後の日本人全体の栄養水準そして健康水準が低下することに大きな懸念が示されているのです。

高齢者における低栄養もまた大きな問題となっています。一般に、高齢期の低栄養は食事の全体量、すなわちエネルギー摂取量や栄養素摂取量の低下あるいは必要量に対する不均等になって生じてきます。低栄養によって体重が減少する、やせが進行する、筋肉量の減少(サルコペニア)そして血液の中の大切なタンパク質(アルブミン値)の減少などが現れてきます。低栄養はフレイルの最初のそして中心的な問題となります。さらに低栄養が進行すると、免疫力の低下により感染症に罹り易くなったり、歩行を始めとする運動機能や身体機能が低下し、生活機能や生活の質(QOL)は著しく低下することになります。

高齢期の低栄養の把握には、体重やBMI(体格指数)の推移(例えばこの半年で2~3kg 以上の低下があるなど)、あるいは「簡易栄養状態評価表(MNA®-SF)」(以下 MNAと略します)と呼ばれる栄養状態を評価する標準的な尺度(スケール)を活用することによって推定することが可能です。例えば、MNAを用いて低栄養とフレイルとの関係性を分析した研究では、75歳以上で認知機能に障害の無い高齢者206名を対象として、フレイル判定のための5項目によって評価されたフレイルとMNAによる栄養状態の関連性を分析しています。その結果、フレイルと判定された高齢者の46.9%は低栄養の状態にあると報告されています。これは健常者での2.2%に比してフレイルでは約21倍もの低栄養の有病率が高いことをあらわしています。一方、MNAで「低栄養リスクあり」と評価された高齢者の90%がフレイルまたはフレイル予備軍のいずれかの状態であったと報告されており、低栄養はフレイルの根本的な状態像であることがご理解できると思います。また、わが国の介護予防施策では「基本チェックリスト」がよく用いられていますが、この「基本チェックリスト」には低栄養を確認する2項目が含まれています。すなわち、①「6ヶ月間で2~3kg以上の体重減少」および②「BMI 18.5kg/m2未満」の2項目ですが、この両方に該当した場合をフレイルとして適用することも可能です。ちなみに、宮城県大崎市の65歳以上1万4636名を対象とした調査からは、この低栄養2項目に該当した高齢者は4.4%であり、これらの該当者の追跡調査によって、そのうち10.2%が1年以内に新規の要介護認定を受けており、これは低栄養ではない者(非該当)に対する危険性(オッズ比といいます)は2.44倍であったことが報告されています。また体格指数(BMI)の低い高齢者、すなわち“やせ”ている高齢者では入院するリスクや死亡するリスクが増加しており、「低栄養=痩せ=予後が悪化する危険因子」であることが報告されています。一方、たんぱく質摂取の少ない高齢者では容易にサルコペニアが発症することも多くの研究から明らかとなっています。(図たんぱく質とサルコ)。

2.低栄養の予防に向けて

高齢期の低栄養、特にお肉やお魚などに含まれる体にとって重要な動物性たんぱく質の摂取の低下による場合には、日常の食事でたんぱく質を十分に摂取する必要があります。平均的には一日のたんぱく質の必要量は体重1kg あたり1gですが、高齢者の場合にはより多く摂取する必要があります。たとえば70歳代の女性の場合、必要量は体重1kg あたり1.06g とされ、例えば、体重50kg の女性の場合一日の必要量は53g となります。動物性たんぱく質はお肉やお魚に含まれ、植物性たんぱく質は豆腐や納豆などの大豆製品に含まれていますが、実際の摂取量の目安としては、豚ロース肉(全80g 中15.4g)、鶏もも肉(全80g 中13.3g)、鮭(一切れ80g中17.9g)、アジの干物(一枚90g中22.1g)、卵(生卵1個50g中6.2g)、牛乳(1杯200ml中6.8g)、プロセスチーズ(1個18g中4.1g)、納豆(1パック50g中8.3g)、絹ごし豆腐(100g中4.9g)などですので、是非参考にしてください。

高齢期の低栄養は、容易にフレイルな状態をもたらし、要介護状態、入院そして死亡の危険性を増大化させることが明らかにされています。従って、高齢期特に後期高齢者にあっては、適切なエネルギーの摂取そしてタンパク質の摂取は必要不可欠であることをご理解ください。もちろん、高齢者では栄養改善やフレイル予防における食のあり方も大切ですが、より大切な問題として、高齢者や家族が長い間に築いてきた価値観や食文化、生活習慣を尊重したうえで、「食べる楽しみ」を支援し、その先にある高齢者本人の「したい事、やりたい事」を目指すこと、が最も重要な視点であることは言うまでもありません。

このような高齢者の低栄養を予防する地域での具体的な取り組みの一つとして、日本食生活協会が地域で展開する「シニアカフェ」などを挙げることができます。日本食生活協会の全国的な活動の中心が13万人に及ぶ食生活改善推進員です。きっと皆さんの身近にも「食改のおばさん」がいるはずです、この改善推進員の方々の地域での草の根的な活動が地域在宅高齢者の栄養改善のみならず高齢者の健康推進に地道な貢献をしていることは評価できるのではないでしょうか。

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 大学院 特任教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
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老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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