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医療と健康

2020年11月20日

高齢期の不慮の事故を防ぎましょう

今回は皆さんの身近に起きる思いがけない事故(不慮の事故)についてご報告・ご紹介したいと思います。わが国は、世界的にも最も長寿の国ですが、高齢者の日常生活に突如発生する不慮の事故はきわめて特徴的です。厚生労働省「人口動態統計」によれば、令和元年の65歳以上の高齢者における「不慮の事故による死亡状況」を見ますと、死亡率(人口10万対)の高い3大事故は「転倒・転落」、「溺死および溺水」、そして「窒息」となっています(表1)。実際の死亡者数は「転倒・転落」8,803名、「溺死および溺水」7,088名、「窒息」8,000名となっていて、いずれも「交通事故」による死亡者総数(4,595名)よりもはるかに大きな死亡者数となっているのです。さらに、これらの不慮の事故の死亡者の中で、75歳以上の後期高齢者の占める割合は、転倒・転落81.7% 、溺死・溺水 69.2% 、そして窒息が 76.5% となっていて、いずれも圧倒的多数を占めています。いかに後期高齢者にとって不慮の事故が生命の脅威となっているか、ご理解できると思います。今回は不慮の事故の中でも特に、「溺死・溺水」と「窒息」を取り上げて説明し、次回は「高齢期の転倒」についてご紹介したいと思います。

日本の高齢者の「溺死・溺水」および「窒息」のいずれもが、国際的に見るときわめて特徴的であることが分かります。たとえば「溺死および溺水」は他の国(特に欧米諸国)に比べて突出して死亡数・率ともに高いことが知られています。具体的な数値で見てみますと、75歳以上の高齢者における「溺死・溺水」の人口10万対の死亡率はアメリカが0.9人、ドイツ1.0年、イギリス0.5人なのに対して日本では28.0人となっているのです。なんと日本の高齢者の「溺死・溺水」は欧米人の約30倍ということができるのです。このような異常に高い日本での「溺死・溺水」の大部分は高齢者の入浴事故によるものなのですが、この理由として、わが国の(1)家屋構造上の問題と、(2)特有の入浴習慣によっています。まず、家のつくりなのですが、日本の古い家屋では、脱衣所が(暖房がなく)寒いために、そこで入浴のために裸になりますと、急に体温が低下し、その反応で血圧は上昇します。今度は、その直後に入浴習慣として(「さら湯」などの)熱い湯につかると、一気に抹消血管が拡張し、そのため血圧は急降下することになります。このような著しい血圧の変動は心臓の機能に過剰な負担をもたらし、心臓の機能が不完全な状態(心不全)を引き起こしたり、あるいは脳への血流の低下が起きて意識障害が発生したりします。その結果、意識が低下したまま水の中に沈んでも反応できず、そのまま溺死にいたってしまうという一連の過程が引き起こされるのです。このようなメカニズムを「ヒートショック」と呼んでいます。このようなヒートショック、すなわち急激な体温変化に対応する血圧変動が心機能や血液循環に過剰な負荷を及ぼし致命的変化をもたらすこと、が高齢者の入浴事故の最大の要因と考えられているのです。このようなヒートショックを予防するためには「入浴前に脱衣所や浴室を温めておく」、「湯温は41度以下、湯につかる時間は10分以内にする」、「浴室から急に立ち上がらない」、「入浴時には同居者に一声掛けておく」、「飲酒後や食後すぐの入浴を控える」などの注意が必要とされています。これからちょうど寒くなり、温かいお風呂が気持ちの良い時期となるのですが、ヒートショックにはぜひ注意していただきたいと思います。

またわが国の高齢者の不慮の事故のトップにある「窒息」についてもその一因として、お正月などで食べる餅が喉に詰まることが原因とされています。このような高齢期の窒息は、餅などの粘りのある食物塊に対する咀嚼力の低下(いつまでもモグモグと口の中に留まる)と適切な嚥下のタイミングがずれる(嚥下反射の低下)ことが相乗的に起因して誤嚥が発生し、気道を防ぐことが生じ、その結果「窒息」して死に至ることが知られています。このような口腔機能の低下はいわゆる「オーラルフレイル」の状態であり(老友新聞第11回「口福は幸福の源」参照してください)、高齢期における窒息はオーラルフレイルがもたらす死亡事故の代表的事例とも考えてよいでしょう。予防としては、お餅などの食品を小さく切り分けて、食べやすく、詰まらないようにすることです。

このように日本の高齢者の不慮の事故というのは、日本の伝統的な生活習慣の上に発生している要素が強いと考えられます。高齢期にはそれまで長年馴染んできた伝統的生活スタイルを急に変えることは難しいことですが、これだけはっきりした因果関係が分かっていますので、日常生活の中で、入浴時はヒートショックに注意すること、お餅などは小さく切り分けて詰まらせないことなど、ちょっとした注意が必要ということになりますね。

表1 高齢者における主な不慮の事故による死亡割合(%)
  全年齢総数 65~74歳 75歳以上
総数 100.0 100.0 100.0
交通事故 14.6 17.9 8.1
転倒・転落 20.4 16.9 23.3
溺死・溺水 19.2 23.4 19.7
窒息 25.1 21.9 29.1
炎・火事 2.8 3.3 2.4
中毒 1.7 1.3 0.5

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 老年学総合研究所 所長、大学院教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
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老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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