医療と健康
「殿様枕症候群」
「殿様枕症候群」・・・病気の名前にしてはちょっと珍しい感じ。
病気の名前には時々不思議な名前のついたものがあります。例えば「不思議の国のアリス症候群」などという(脳の一部の障害によって、見えている人や物の大きさが実際より大きくなったり小さくなったりして異常が感じられる)病気などがあります。
今回みなさんに紹介する「殿様枕症候群」という病名もちょっと珍しい感じがしますね。私もこの度初めて知りましたが、この病気は、昔のお殿様のような高い枕を愛用して使っている方では、脳卒中発症の危険性が増加することを示したものです。最近、国立循環器病研究センター(国循)の研究チームが明らかにしたもので、高い枕の使用によって首への負担すなわち椎骨動脈にも負担となり、動脈が裂けてしまう(動脈解離)可能性が高く、それによって脳卒中が発症しやすくなることを発見したのです。
椎骨動脈って聞いたことはありますか? この動脈は頸(首)の付け根で左右の鎖骨下動脈という太い動脈から出て脳に向かう動脈です。左右の椎骨動脈の特徴はいずれも頸椎(首の骨)の中を通過し、脳の底部で合流して1本となり脳に血流を与えています。首の部分にはもっと太い「総頚動脈」という大きな動脈が脳へと向かっているのですが、この総頚動脈は首の皮膚の下を走っているために、万が一傷がついたときや首を絞められて血流が途絶えた時などでも、椎骨動脈が骨の中を通って(保護されて)いるために、大切な脳への血流を絶やさない仕組みとなっているのです(図1)。よくテレビドラマなどで、首を絞めて殺人をしたつもりでも、後で息を吹き返して生き返ったなどという設定がありますが、それがこの椎骨動脈の働きのおかげなのです。
脳卒中は脳の血管が障害され、出血や梗塞が発生し、脳の神経細胞にダメージを与える怖い病気ですが、「特発性椎骨動脈解離」も脳卒中の1つの原因で、15~45歳の若い世代の脳卒中の約1割を占めるとされています。これまではその発症の原因はよくわかっていなっかたのですが(そのために「特発性」という言葉が付いていますね)、国循の研究チームでは、この病気の患者さんに極端に高い枕を使っているケースが多いことに気づき、症例対照研究(Case-Control Study)という方法を用いて、「枕の高さ」と「特発性椎骨動脈解離」の発症しやすさの関係を調べたのです。 具体的には特発性椎骨動脈解離の患者さん(症例)53名と他の脳卒中の患者さん(対照)53名について、枕の高さを調査したのです。枕の高さについては12cm 以上を「高い枕」、15cm以上を「極端に高い枕」と定義したそうです。
その結果、症例:対照の比較で、「高い枕」使用率は18人(34%):8人(15%)、「極端に高い枕」使用率は9人(17%):1人(2%) となっていました。「極端に高い枕」の使用では約9倍もの差があったことになります。この研究では、「高い枕」や「極端に高い枕」は確かに特発性椎骨動脈解離の発症リスクが高いといえそうですね。その原因として、枕の高さが高い場合、当然首が強く屈曲してしまい、椎骨動脈もまた一緒に屈曲してしまいます。そのために血管壁に圧力がかかり続けるため血管を傷つけやすくなるのかもしれません。睡眠中は首に無理な姿勢をとることは避けた方が賢明なのでしょう。
研究チームによると、江戸時代には「殿様枕」と呼ばれる高い枕がよく使われてていたそうです。この時代、男性(丁髷)も女性(丸髷など)も髪型を維持するために高い枕が好まれたということです。ただ、当時から枕の高さについて「寿命三寸、楽四寸」問う言うことが随筆などにかかれていて、その意味は「四寸(約12cm)の枕は髪型が崩れず(手入れが不要なため)楽だが、寿命が延びるのは三寸(約9cm)程度の方だ」ということだそうです。すでに江戸時代から高い枕の危険性を漠然と認識していたのかもしれませんね。いずれにしても、高齢期の質の良い睡眠は健康長寿に欠かすことのできない重要な要因であることはみなさんもご存じだと思います。良質の睡眠のためにも、自分に合った快適な枕が必要ですが、15cm 以上の高い枕は避けた方がよさそうですね。
この記事が少しでもお役に立ったら「いいね!」や「シェア」をしてくださいね。
- 鈴木 隆雄 先生
- 桜美林大学 大学院 特任教授
- 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
- 超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
- 老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊
Amazon
- 今注目の記事!