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2017年10月24日

江戸の旅行は「アン・キン・タン!」成田詣での話~連載19

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いよいよ秋も本格化してまいりました。今も昔の行楽シーズンに変わりなく、江戸の庶民もそれ行けとばかりに旅に出かけていました。今回は成田詣でをご紹介いたします。

近場の旅が大ブームとなった江戸の庶民の定番と言えば、大山詣で(神奈川県)、江ノ島詣で(神奈川県)、そして成田詣で。だいたい2泊3日または3泊4日の旅で、今でいう「安・近・短」の旅だったため、各地ともに参詣を兼ねたレジャーで賑わっていました。

現代と大きく違うのは国をまたぐために関所を通らなくてはならないという事です。「入り鉄砲に出女」というように、各関所では女性の旅と武具類の移動には厳しく取り締まっていたので正式な関所手形が必要となっていました。それ以外の旅人は関所での厄介な取調べを避けるために、村の庄屋や町役人に往来手形と関所手形を発行して貰い、それを携帯して旅に出ていました。この二つがあると、さほど厳しくなく比較的スムーズに関所が通れたというわけです。ちょっとそこまで行くのにも、まるで海外に行くためのパスポートやビザの様な身分証明書が必要だったのです。

そうなると否が応でも旅の気分は高揚し、盛り上がったようにも思います。大山、江ノ島、成田は江戸からだいたい地図上では50~60キロ圏内です。往復で2泊3日、3泊4日の旅には程よい距離でした。

 

さて、成田詣でをご紹介しましょう。歌の通りに~お江戸日本橋七つ立ち~、午前四時に江戸を出発し深川高橋から船で船橋までのコース。この深川高橋は今も江戸情緒が残る場所でここから船で旅に出る事を思い描くと、船がツーッと水面を進み、随分と風情豊かです。船橋で一泊して、あくる日は大和田から佐倉へと歩き、成田で一泊。そして次の日の明け方に新勝寺参詣をして、行きのルートを江戸へ戻ると、ちょうど3泊4日となるわけです。

ではこの旅の費用を計算してみると、宿賃、船賃、飲食代、お土産代を入れて、だいたい銀十匁位。大工さんの2日分の稼ぎ位なので現在のお金で換算すると3~4万円というところですから、庶民にとってはたまの贅沢としていたようです。

成田山といえば江戸で当初一の人気役者初代市川団十郎も成田山を信奉していて、屋号も「成田屋」としていたことから、団十郎人気とも重なり成田山人気も大変なものでした。

成田山のご本尊はお不動様です、密教では調伏の力が強く、折ればたちどころに利くというので、現世利益の好きな江戸っ子の心を捉えていました。またお不動様は火炎を背負っているので火伏せに効き目があるということから、火消しの頭をはじめ火事の多い江戸では防災を心がける庶民や火消しの信仰も集めていました。

成田といえば関東圏では今や空港の代名詞ですが、その歴史は古く平将門の乱を平定することを祈る祈祷所として建てられ、「新たに勝つ」ということから「新勝寺」と名づけられ、武将の信仰も集めていました。東京から充分に日帰り出来る成田詣でを昔のように行きだけでも歩いて出かけ、江戸の人々が楽しんだ「道」を辿ってみたいと思いますが、今の時代だからこそ、それは逆に贅沢なことかもしれません。(老友新聞社)

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酒井 悦子
  • 伝統芸能コーディネーター
  • 筝曲演奏家

幼少より生田流箏曲を学び、現在は国際的に活躍する箏演奏家。

箏の修行と同時に、美術骨董に興味を持ち、古物商の看板も得る

香道、煎茶道、弓道、礼法などの稽古に精進する一方で、江戸文化の研究に励み、楽しく解りやすくをモットーに江戸の人々の活き活きとした様子と、古き良き日本人の心を伝えている。

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