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映画のグルメ | 斉田 育秀

映画のグルメ | 斉田 育秀

2019年12月03日

№2 裏窓(1954年:アメリカ映画)―ヒッチコック「らしさ」が見えるディナーと朝食―

監督:アルフレッド・ヒッチコック 脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ 撮影:ロバート・バークス 音楽:フランツ・ワックスマン 出演:ジェームズ・スチュアート、グレース・ケリー、レイモンド・バー、セルマ・リッター

いまだにシルエットだけのCMで稼ぎ続け、出たがり屋で皮肉屋の映画監督といえば、そう、お馴染み“サスペンスの神様”アルフレッド・ヒッチコックである。ハラハラ・ドキドキ、彼の映画は“ヒッチタッチ”と呼ばれ、理屈抜きの面白さは今でも観客を魅了してやまない。ある年代以上の方々には、熊倉一雄の吹き替えで監督自身が解説をした、TVの「ヒッチコック劇場」が懐かしいはずだ。

よく知られているように、イギリス生まれのヒッチコックは1939年にアメリカに一家で移住したので、彼の作品にはイギリス時代(24本)とアメリカ時代(32本)の作品群が存在し、それぞれのテイストが楽しめる。ただ“神様・ヒッチコック”でも出来不出来があり、スリルとサスペンスは第一級でも面白さに欠けるものもある。1950年代から60年代初頭に傑作が集中し、残念ながら「鳥」を最後に面白さが減じる(例外「フレンジー」)。

個人的に好きな作品は、イギリス時代では「暗殺者の家」「三十九夜」「バルカン超特急」など。アメリカ時代では「レベッカ」「海外特派員」「断崖」「汚名」「ロープ」「見知らぬ乗客」「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」「泥棒成金」「知りすぎていた男:『暗殺者の家』のリメイク」「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「鳥」などである。

そのヒッチコックで一本といえば「裏窓(REAR WINDOW)」が衆目の一致するところであろう。ざっとこんな筋書きだ。報道カメラマンの主人公は事故で足を骨折、車椅子生活を送っている。おりしも病室の窓の向かいはアパート、退屈凌ぎに“覗き”をしていた彼は、バラバラ殺人が行われた事を確信する。その証拠をつかむためおてんばの恋人と口うるさい看護婦が、彼の手足となって事件解決に奔走するが、恐怖と窮地に追い込まれるお話。

双眼鏡や望遠レンズ越しに見る部屋ごとにそれぞれの人生があり、観客は潜在意識下にある“覗き趣味”を満喫することになる。舞台は病室と中庭を挟んだ向かい側のアパートという狭い範囲だが、結婚を迫る恋人と渋る主人公のやり取りが話を膨らませている。

犯人を演ずるのが「ペリー・メイスン」「鬼警部アイアンサイド」の正義の味方“レイモンド・バー”というのが皮肉で、主人公ジェフはヒッチ映画4本の常連ジェームズ・スチュアート。恋人リサはモナコ王妃となったグレース・ケリー。「ダイヤルMを廻せ!」と「泥棒成金」の間の作品で、“クール・ビューティー”といわれた美しさが最も輝いた時期であり、ブロンド好みのヒッチコックの思いが演出に溢れでている。ハリウッドの女帝イーディス・ヘッドが担当した衣装を着こなす彼女に、男女を問わず観客は魅了されてしまう。看護婦は芸達者な名脇役セルマ・リッター、日本で言えば杉村春子といったところか?

ロマンティック・コメディーのようなサスペンス映画で、誰が観ても実に面白く楽しめる。しかしこの映画の真の面白さはその多重構造にある。軽く観ればそれなりに、深く観れば実に奥深い作りの作品である。座席の観客は車椅子の主人公と同じ動けない状況の中で、主人公の持つ双眼鏡やカメラを通じ自らも“覗き”を体験することになる。

『裏窓』パンフレット

観客の方がスクリーンの主人公達より、見える範囲が広い分次の恐怖を先に察知しているわけで、恐怖はさらに深く大きくなる。全編を通じ最も素敵なのはグレース・ケリーの登場シーン!クローズアップされた顔が一瞬スローモーションでダブらされたような映像となり、彼女に口づけされたような錯覚を覚える。職人芸のなせる業だ!

さてこの映画の食べ物だが、オマールエビのテルミドールとワイン(モンラッシュ)の豪華なケータリングディナーとともに、イチゴジャム(?)トースト・コーヒーにベーコンエッグの朝食が印象に残る。ちなみに「テルミドール」とは半割したエビにクリームソースを加えて焼いたもので、“コメディー・フランセーズ”のこけら落としに上演した、「テルミドール(革命暦の熱月)」という芝居を祝して、近くのレストランMaire(メール)が創作した料理である。日本では結婚式でだされるメニューとしてお馴染みだ。本作が邦画なら結婚を迫る恋人の“願望の暗示”と解釈したいが、アメリカ映画なので残念でした。

一方、朝食で主人公がベーコンを食べようとしたとたん、看護婦がバラバラ事件の話をするので思わず手が止まってしまう場面には、ヒッチコックらしいブラックユーモアが楽しめるし、刑事が柄にもなく勧められたブランデー(ゆっくり飲む酒)を、帰り際にうっかりバーボン?と間違え一気飲みしてこぼしてしまう場面などは、イギリス生まれのヒッチコックがしっかりとアメリカを皮肉っていてファンにはたまらない。

一般に、ヨーロッパの朝食はフランス・ドイツ・イタリアといった大陸側のコンチネンタルスタイル(パン・ジャム・コーヒー〔紅茶〕程度)と、これに卵・肉料理やジュース・フルーツがつくイギリスのイングリッシュスタイルがある。この映画の朝食はさしずめイングリッシュスタイルに近い、アメリカンスタイルということになるだろう。

高級ホテルはいざ知らず、かつては欧州の大陸側の旅といえば、朝食はコンチネンタルスタイルが当たり前だったが、最近ではイングリッシュスタイルを通り越して、バイキングスタイルが多い、贅沢になったものだ。一方、我々がビジネスで泊まるようなホテルは、今でも簡素なコンチネンタル朝食が多く、個人的にはこの方が馴染みやすい。

話をもとに戻すと音楽も楽しめる作品で、劇中音楽家が完成させるのが「Lisa(リサ)のテーマ」、加えて大勢で合唱しているのが「Mona・Lisa(モナ・リザ)」で恋人リサ絡みのオチになっている。彼女が大胆にも犯人の部屋に忍び込んで、妻の結婚指輪をはめて「証拠品よ!」とサインを送る場面があるが、これは彼女の「結婚してよ!」との二重の意味合いがある。

重要場面を一つ紹介しておくと、犯人が女性(奥さんのカモフラージュ?)と部屋から出かけて行く場面がある。主人公は転寝(うたたね)をしていてこの場面を見ていないが、これを彼が見たら奥さんは旅行に行ったと思い殺人事件を思いつかないことになる。そしてこの映画のラスト!これが傑作で、犯人に窓から突き落とされ、一本のギブスが2本になったジェフを、結婚を迫るリサがしっかり捕まえてしまうというオチが、何ともいえず微笑ましい。

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斉田 育秀(さいた いくひで)
  • 映画史・食文化研究家

斉田 育秀(saita ikuhide)1948年横浜生まれ。1973年東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部製造学科卒。同年キユーピー株式会社入社。「醤油ベースドレッシング」の販売戦略を立案、ブームの仕掛け人となる。1992年親会社にあたる株式会社中島董商店に移り商品開発部長。2004年よりグループ会社アヲハタ株式会社の常勤監査役となり、2010年退任し2013年まで株式会社トウ・アドキユーピー顧問。その後、株式会社ジャンナッツジャパンの顧問を経て、現在東京海洋大学・非常勤講師(魚食文化論)。この間海外40余カ国、主要130都市を訪れ、各地の食材・料理・食品・食文化を調査・研究する。

映画のグルメ | 斉田 育秀 ―映画と食のステキな関係―
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サヨナラおじさん(映画評論家・淀川長治氏)の門下生が書いた、名作映画と食べ物のステキな関係。食品開発の専門家がユニークな視点で解説する、映画と食べ物の話。厳選された映画史上の名画63本(洋画43本・邦画20本)を取り上げる。
斉田育秀・著 / 五曜書房・刊 
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