コラム
映画のグルメ | 斉田 育秀
№4太陽がいっぱい ―サスペンス映画好きなら見逃せない、伏線たっぷりのヨットでの食事シーン―
『太陽がいっぱい』ポスター
話しついでにイタリアのドレッシングの話をひとつ。一般にイタリアのレストランでは、テーブルにオリーブオイルとワインビネガーがあり、ドレッシングは塩・胡椒を加え自分で作るのがルール。これが、北のパルマ・モデナ・ボローニャというエミリア・ロマーニャ州になると、ワインビネガーは特産品の熟成ワインビネガー“バルサミコ酢”になる。
この酢は最近でこそイタリア全土に広がったが、ひと昔前はエミリア・ロマーニャ州だけのもので、他の地区ではほとんど知られていなかった。日本ではイタリア全土で昔から使用されていると勘違いされている。
日本に輸入されているものの大半は、ステンレスタンクなどで大量生産されたか、短期間樽で熟成されたワインビネガーに、法律で定められた伝統的な製法の「アチェート・バルサミコ・トラディツォナーレ・ディ・モデナ(又はレッジョ・エミリア)」の規格外品などを混ぜ、それらしい風味を作り出したものである。「アチェート」は“酢”、「バルサミコ」は“芳香”という意味である。日本では伝統的製法と大量生産タイプの区別がつかない人が大半で、味も値段も相当違うのだがそれを理解してもらうにはまだ時間がかかりそうだ。
伝統的製法はこの地区で収穫される甘い葡萄品種“トレッビアーノ(又はランブルスコ)”を絞り、半分ほどに煮詰め(モスト)、それを材質の異なる木樽から木樽へ1年ごとに移して作る(トラファーゾ)。中身が蒸発するので樽はだんだん小さくなって行く。規格では12年(又は25年:エクストラ・ベッキオ〔特別に古い〕)かけて作られたもので、瓶の形も決まっている。なお大量生産タイプでも味はそれなりに美味しいので誤解なきよう。
話を映画に戻そう。本作はサスペンス映画だけに多くの伏線が張られた作品である。「ヨットの食事」場面では、フィリップがトムに「魚はナイフで切るな、それに持ち方が違う」とテーブルマナーの悪さを注意し、直接手を取りナイフの持ち方を直している。またヨットでは“これ見よがし”に彼がトムの眼前でマルジュといちゃつくが、これらはトムの鬱積と憎悪を増長させて殺人へと導く布石作りをしているわけだ。
さらにトムがヨット上でパンとサラミを食べる場面ではナイフが使われるが、これが殺人の凶器になる。サスペンス映画好きなら「もしやこのナイフが」と憶測可能な場面だ。またトムがフィリップのジャケット・ネクタイ・靴をまとう場面があるが、これはいずれ彼に成り代わる暗示になっているし、拾ったイヤリングも諍いのネタに変貌する。
またナポリの魚市場でトムが所在なく歩く場面は、手持ちカメラが作り出すドキュメンタリータッチのような映像だ。これは恐らく監督のクレマンがドキュメンタリー映画の出身であることに起因するものと思われる。
さて、約60年前の映画だが今観ても見応えがある。この作品を観る度に、我が映画の師匠・淀川長治先生が「この映画の二人は同性愛の関係だよ」と、観る側の感受性を説かれたことが、私には懐かしい思い出である。
では最後にトリビア(どうでもよい些細なこと)をひとつ、20数年前のことだが日本を代表する青山のスーパーマーケットで、“バルサミコ酢”のデモンストレーションをしていた時の話。
丁度この店主催の料理教室が実施されており、店から「バルサミコ酢」の説明を頼まれた。 当日の講師は今やイタリアンのレジェンド“片岡護シェフ”であった。結果、帰りがけにリッチなご婦人たちが次々と6年風味・12年風味のバルサミコ酢をご購入。1本(100ml)1万円以上する「トラディツォナーレ」も数本売れた。
すると夕方ごろ、何と昨年お亡くなりになった俳優の“梅宮辰夫さん”がお見えになった。そこで試食を勧め「これはうめみや(うめみゃ:うめえ〜)」を期待したところ、これまた何と「俺には合わない!」とおっしゃられた。内心「何がグルメか!」とも思ったが、考えてみると彼は“お酢”いや“雄(おす)”より“め○”それも、熟成タイプよりフレッシュタイプが好みだったのであろう。「彼の特技の漬物なら“浅漬け”だ!」と反省した次第。「辰兄い〜!本当につまらぬトリビアでゴメンナサイ」です。
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- 斉田 育秀(さいた いくひで)
- 映画史・食文化研究家
斉田 育秀(saita ikuhide)1948年横浜生まれ。1973年東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部製造学科卒。同年キユーピー株式会社入社。「醤油ベースドレッシング」の販売戦略を立案、ブームの仕掛け人となる。1992年親会社にあたる株式会社中島董商店に移り商品開発部長。2004年よりグループ会社アヲハタ株式会社の常勤監査役となり、2010年退任し2013年まで株式会社トウ・アドキユーピー顧問。その後、株式会社ジャンナッツジャパンの顧問を経て、現在東京海洋大学・非常勤講師(魚食文化論)。この間海外40余カ国、主要130都市を訪れ、各地の食材・料理・食品・食文化を調査・研究する。
- 映画のグルメ | 斉田 育秀 ―映画と食のステキな関係―
- サヨナラおじさん(映画評論家・淀川長治氏)の門下生が書いた、名作映画と食べ物のステキな関係。食品開発の専門家がユニークな視点で解説する、映画と食べ物の話。厳選された映画史上の名画63本(洋画43本・邦画20本)を取り上げる。
斉田育秀・著 / 五曜書房・刊
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