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医療と健康

2021年05月27日

「血圧をちゃんと管理していますか?」

読者の皆さんは、血圧を適切にコントロール(管理)することの大切さをよく御存知だと思います。皆さんの普段の血圧はどの位でしょうか?きちんと毎日測っていますか?上(収縮期)が140(mmHg)、下(拡張期)が90(mmHg)未満に収まっているでしょうか(図1)?実は血圧を管理するという、今日ではごく当たり前の(しかしとっても重要な)生活習慣となったのは比較的最近のことなのです。一昔前には本当に多くの方が血圧を管理することなく、高血圧に罹っていました。高血圧自体は(よほど高くならない限りは)自覚症状に乏しいのですが、ある時突然脳の血管が破れて出血(脳出血)をきたす、いわゆる脳卒中(ちなみに「脳卒中」の「中」は「あたる」と読み、「脳に中って倒れる」ことを言う言葉です)を起こし、数日中に亡くなる場合が非常に多かったのです。

昔(といってもつい50年程前です)は、血圧を管理する、あるいはどの程度に血圧を維持すべきかについての正確な医学的情報や知識がほとんどありませんでした。もしあの時、高血圧治療をしておけば・・・そして、もしあの人が脳卒中に倒れなければ歴史を変えたかも知れない・・・というような話は山のように知られています。

その代表的な例をご紹介しましょう。主人公の名前は、フランクリン・ルーズベルト(写真)です。多くの方はこの名前をよく御存知でしょう。第2次世界大戦(太平洋戦争)の時のアメリカ合衆国大統領だったあのルーズベルト大統領です。ルーズベルトは、55歳の時(1937年、昭和12年)には、すでに高血圧であることが判っていて、血圧は162/98mmHgであったとのことです。さらに翌年56歳時には185/105mmHgと記録されています。今ではすぐに降圧のための治療がなされるような重度の高血圧なのですが、当時は薬物での有効性が十分ではなかったこともあり薬物療法はまだ充分確実性のない時代だったのです。
そのためルーズベルト大統領には、高血圧治療として安静と食塩制限が指示されたのみでした。その後血圧は上昇を続けていることが記録されています。そのような重度の高血圧だったにもかかわらず、1945年(昭和20年)(日本やドイツの降服を見込み)戦争後の世界を話し合う有名なヤルタ会談に出席しますが、この頃の血圧は200/100mmHgのレベルまで達しており、記録によると会談ではルーズベルトは元気はなく、口はポカンと開けてほとんど討論には加わらなかったと記録されています。ヤルタ会議から帰国して間もなくの4月12日にジョージア州の別荘で突然の頭痛と意識消失を起こし、主治医が血圧を測定するとなんと300/190mmHg !! という(今日では)信じられないような高い値になっていく、すぐに脳卒中と診断されましたが、治療もないまま、数時間後に死亡しています。享年63歳でした。
今からみると、ずいぶん若死にだったと思います。もし、ルーズベルトが50代から適切な降圧のための血圧治療を受けていたら、脳卒中予防がしっかり出来ていたら、ヤルタ会談でソ連のスターリンが強行した北方領土の違法な占領計画や、(ルーズベルトの後を次いだトルーマンにより決定された)原爆の投下などは避けられたのかも知れません。ちなみにそのスターリンも1953年(昭和28年)3月やはり同じように高血圧から脳卒中で倒れ、半身麻痺と言語障害となり、数日後に74歳で死亡しています。
こうしてみると、当時の高血圧は死に直結する病であり、まさに「歴史を変えた高血圧」と言えるかもしれません。今日では血圧は自分でも毎日すぐ測定できますし、脳卒中を予防することは十分可能な時代となりました。どうぞ皆さんも、普段から血圧に注意して生活し、血圧が高い方はきちんとお医者さんに診てもらい降圧剤を服用するなどで血圧管理をして、毎日の快適な生活を楽しんで頂きたいと思います。

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鈴木 隆雄 先生
  • 桜美林大学 老年学総合研究所 所長、大学院教授
  • 国立長寿医療研究センター 理事長特任補佐
超高齢社会のリアル ー健康長寿の本質を探る
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老後をめぐる現実と課題(健康問題,社会保障,在宅医療等)について,長年の豊富なデータと科学的根拠をもとに解説,解決策を探る。病気や介護状態・「予防」の本質とは。科学的な根拠が解き明かす、人生100年時代の生き方、老い方、死に方。
鈴木隆雄・著 / 大修館書店・刊 
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