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映画のグルメ | 斉田 育秀

映画のグルメ | 斉田 育秀

2019年11月06日

№1 ローマの休日(1953年:米国)-王女さまが魅せる?ジェラートの食べ方-

監督:ウィリアム・ワイラー 原案:ダルトン・トランボ 脚本:イアン・マクレラン・ハンター、ジョン・ダイトン 撮影:フランク・F・プラナー、アンリ・アルカン 音楽:ジョルジュ・オーリック 出演:オードリー・ヘプバーン、グレゴリー・ペック、エディ・アルバート

「日本人が一番好きな外国女優は?」と問えば、「オードリー・ヘプバーン!」と返されるのが衆目の一致するところであろう。そこで「名作映画」と登場する「食べ物」の関係を論じ、「映画と食べ物」の薀蓄(うんちく)を語る本シリーズの記念すべき第一回目に、彼女が主演し世界中に“ヘプバーン・ブーム”を巻き起こした「ローマの休日」を取り上げてみたい。

「ローマの休日」のパンフレット『ローマの休日』パンフレット

製作されて70年弱、いまだに色褪せない永遠のラブ・ストーリーであり、ロマンティック・コメディーである。某国の王女が親善旅行の途中ローマに立ち寄るが、多忙と窮屈さが限界に達し宿舎を抜け出す。途中で知り合った新聞記者が王女と気づき、相棒のカメラマンと一緒にローマの街を案内して大スクープを狙うが、王女と記者が恋に落ちてしまうお話。清楚で可愛いヘプバーンの新鮮な魅力が、画面いっぱいに溢れ出た極めて完成度の高い名画である。

もともとフランク・キャプラ監督(「スミス都へ行く」「素晴らしき哉、人生!」)、エリザベス・テーラー、ケーリー・グラント主演で企画されたもの。赤狩りでハリウッドを追われたダルトン・トランボが偽名で書いた原案を、ハリウッド屈指の演出家ウィリアム・ワイラー(「ベン・ハー」「コレクター」)が監督した。

会見に始まり、徘徊・外泊・名所巡り・スクーターの暴走・船上の乱闘・熱い抱擁・そして会見で終わる。全編軽いタッチだが印象深い名場面が多いのは演出力のなせる技。ヘプバーンは演技をせず自然体、ペック以下の周りが未来のスターをしっかり支える。製作中のフィルムを見たワイラー監督は「あっという間に世界中が彼女に恋してしまう!」と感涙したという。

エリック・シャレルが監督し、リリアン・ハーベイが主演したドイツ・オペレッタ映画の最高傑作「会議は踊る」(1931年)の逆バージョンで、もとネタはこの辺にあると思える。ただ、キャプラが当初メガホンを取ろうとした観点からは、家出した金持ちの令嬢(クローデット・コルベール)とスクープを狙った新聞記者(クラーク・ゲイブル)が、バス旅を続けるうちに恋に落ちる傑作喜劇映画、「ある夜の出来事」(1934年:フランク・キャプラ監督)がオリジンだという見方もある。

さて、完成度の高い映画でも時として編集ミスが出るのは常識、本作品ではスペイン広場の階段のシーンで起きた。ヘプバーンと階段を降りてくるペックの再会場面、背景の時計はペックが降りてくる時は14時45分、しかし会話が始まると17時を指している、おまけに影も方向がずれている。また、ヘプバーンは花を貰うまでブラウスにタイをしていたが、直後の階段シーンでは外している、いつ外したのか?“開放感”の暗示だろうがつなぎが少し不自然だ。

余談だが、スチール写真の彼女はこの階段場面で、タイもしているし花も持っている、フィルムとグラビアで見る写真は別物の好例だ。
話は変わって食べ物の話。スペイン広場でアン王女が食べるのがGELATO(ジェラート=アイスクリーム)である。見事に決まったこの場面で観客は“ローマへの憧れ”をよりつのらせる。“憧れ”は日本人ばかりではない。当時のアメリカにはヨーロッパへの強い憧れがあり、それが反映された映画も多々作られている。

“セプテンバー・ソング”が有名な「旅愁」(1950年)では、ジョーン・フォンテインとジョゼフ・コットンがナポリを、「旅情」(1955年)では同じヘプバーンでもキャサリン・ヘプバーンとロッサノ・ブラッツィがベニスを案内している。

“ジェラート=イタリア”は今ではポピュラーになったが、日本人が“ジェラート”という言葉を知るのは本作あたりからで、イタリアン・ジェラートの本当の美味しさを知るのは、昭和50年代末の第一次イタリアンブームまで待たねばならなかった。

イタリアのジェラートは美味しさも種類も世界一。低脂肪で固い「シチリア」と高脂肪でソフトな「ベネチア」の2タイプがある。45年程前コロセウムの横で食べたジェラートに感激したが、その経験からすると映画のジェラートは「ベネチア」とみた。コーンカップは1904年のセントルイス万博で、薄く焼いたワッフルを不足した容器の代用にしたのが始まり。劇中でアンはカップを食べずに棄てるところが実に王女らしい。

バラエティー豊かなイタリアのジェラートだが、個人的には日本でもイタリアの定番「ノッチョーラ(ヘーゼルナッツ)」や「ティラミス」といったアイテムをもっとPRすべきだと思っている。特にノッチョーラとチョコレートで作った子供達の大好物、「ヌテラ」のジェラートはいかにもイタリアらしい。余談だがフランスのクレープ屋さんには必ず「ヌテラ」の超大型瓶が置いてあるのだが、日本ではなぜか流行らないのが残念だ。
それはさておき話をアイスクリーム談議に戻すと、数年前にトルコを旅した際に「ピスタチオ」の魅力にはまった。美味しいピスタチオのチョコレートもあるが、“ピスタチオのアイスクリーム”は絶品であった。というわけで最近はこれをせっせとPRしている。

さて最高の感動はラスト。眼と眼で愛を確かめ合った記者会見後、一人残ったペックは去りがたい気持ちを胸に歩き出す。途中で振り返るがそこにアンはいない!一瞬寂寥感(せきりょうかん)が襲い、「深い余韻」が観る者に「万感胸に迫る思い」を与える。トレビの泉で後ろ向きにコインを投げておけば、二人はローマで再会出来たものを、残念だ!

赤狩りで揺れるハリウッドに、ワイラーが欧州から放った「映画の手本」というべき名作である。

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斉田 育秀(さいた いくひで)
  • 映画史・食文化研究家

斉田 育秀(saita ikuhide)1948年横浜生まれ。1973年東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部製造学科卒。同年キユーピー株式会社入社。「醤油ベースドレッシング」の販売戦略を立案、ブームの仕掛け人となる。1992年親会社にあたる株式会社中島董商店に移り商品開発部長。2004年よりグループ会社アヲハタ株式会社の常勤監査役となり、2010年退任し2013年まで株式会社トウ・アドキユーピー顧問。その後、株式会社ジャンナッツジャパンの顧問を経て、現在東京海洋大学・非常勤講師(魚食文化論)。この間海外40余カ国、主要130都市を訪れ、各地の食材・料理・食品・食文化を調査・研究する。

映画のグルメ | 斉田 育秀 ―映画と食のステキな関係―
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サヨナラおじさん(映画評論家・淀川長治氏)の門下生が書いた、名作映画と食べ物のステキな関係。食品開発の専門家がユニークな視点で解説する、映画と食べ物の話。厳選された映画史上の名画63本(洋画43本・邦画20本)を取り上げる。
斉田育秀・著 / 五曜書房・刊 
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