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コラム

2017年09月13日

することを見つけるのが人生で大切なこと~「花の庭」<市田ひろみ 連載18>

ある年の春。A子さんの会社は倒産して、定年を待たず、社員たちはちりぢり、ばらばらになった。
たまに逢うと、再就職もうまくゆかず、生活も安定していない人が多かった。

「することがないねん」
A子さんは勤務中からきものの着付けと茶道をしていたので、時折教室へ通ったりして、何かをしなければならないということもなく、日々を過ごしていた。

久しぶりに、元の職場のBさんから電話があり、梅田(大阪駅のあるところ)へ出て、A子さんとBさんは食事をすることになった。
Bさんも相変わらず
「することがない……」
あまり楽しくない時間を過ごして、A子さんは帰って来た。

A子さんは気になることがあった。
すべての花の散ったシンビジュームを鉢ごともらって来て庭に置いていたが、温室があるわけじゃなく、手入れの仕方もわからず、寒い冬がすごせるだろうか。
それから園芸の番組を見て、土をかえたり肥料をやったり、なれないことをやりはじめた。
なんと、花が咲いた。
シンビジュームが生命の再生を教えてくれたのだ。

A子さんの庭は、菊、チューリップ、カサブランカなど、愛情をかけた分、美しく咲いてくれた。

10月中頃、大・中・小の黄・白・ローズなど、色とりどりの花をつけていたのに、ある朝、夫のよぶ声で庭へ出ると、なんと、ほとんどの菊が首のところでちぎれている。

呆然!!

一体誰が、こんなひどいことを。一生懸命咲いて、道ゆく人を楽しませてくれていたの
に。

後に、中学三年の男子生徒のいたずらとわかった。
A子さんはむしりとられた花に
「ゴメンネ、ゴメンネ」
と言いながら、また、最初からやりなおそうと心にきめた。

家にいると、道ゆく人の会話が聞こえる。
「きれいねー」
「立派だわ」
もらった鉢であったり、捨てられた鉢であったり。
A子さんの仕事も忙しくなり、雨や風を心配しながら、花と語りあっているそうだ。

そんなある日。知らない人から手紙が来た。

―毎年、おたくの花をたのしみにしています。私も真似して、5年前から芝桜のめんどうを見ています。町の人が、わざわざ坂道をのぼって見に来てくれるのです。私なんか、社会で何の役にも立たないと思っていましたけど、道ゆく人が花を見て、ほんの一瞬でもおだやかな気持ちになって頂けたら、何かしらお役に立てているように思えます。
何もすることがないと思っていましたけど、することが残っていたのですね。お宅のお庭で学ばせていただきました。ありがとうございました。―

A子さんの庭は、いまや西宮や、神戸から見に来る人もあり、
「写真とってもよろしいか」
「どうぞどうぞ」
と会話もはずむ。

「先生。することがない言うのは、さぼりの人生ですな。することを見つけるのが大事なことですなあ」

A子さんは今日もいそがしい。(老友新聞社)

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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