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コラム

2017年12月21日

「上海幻想」私の原点、そして人生を大切に掘り下げてくれた……<市田ひろみ 連載21>

昨年の10月30日、BS朝日の『ザ・インタビュー』という番組で私をとりあげてくれた。
過去、波乱万丈という視点でとりあげてくれた局もあったが、この番組は54分かけて私の生き方を堀りさげようというのだ。
旧知のアナウンサー、宮嶋泰子さんが聞き手。当然、私の出生からだ。
私はよく冗談で、
「大阪生まれのあかるさと、京育ちの品の良さ」
と笑っているが、案外これ、間違っていない。

京都の人は、あまり目立つことを好まない。子供の頃から
「出しゃばったらあかんえ」
「一人だけ目立つようなことしたらあかん」
と育てられるから、その言動に親の躾と願いがしみついているのだろう。
私は違う。京育ちとはいえ、「出しゃばったらあかんえ」のキャリア路線だ。

『ザ・インタビュー』は、私の人生を追いつつ、本音をさぐろうというのだ。
インタビュアーの宮嶋泰子さんは、私の本を何冊も読んでくれていて、私の生きてきた道はよく御存知だ。

私の原点は中国・上海だ。
戦後、何回も上海を訪ねたが、今尚なつかしい。
ミカエル・ハフストローム監督の『シャンハイ』も、見事に1941年の上海を描いていた。小学校6年生だったのに、行きだおれの人にむしろがかけてあって、その端から裸足の足がのぞいていたなど、誰が知っていたのか。
私が今、世界の辺境の地をさまようのは、もしかしたら上海の体験の広がりかもしれない。

『ザ・インタビュー』のディレクター、藤原康正さんは、ていねいに私の子供の頃の写真からストーリーを作り上げてゆく。

同じ頃、『世界の民族衣装をたずねて』という展覧会を矢掛郷土美術館にて開催したのだが、なんと私のコレクションを訪ねて、京都から3時間もかかる美術館へ行ってくれた。この目で確かめたいという思いだろう。
確かに、シリアのベドウィンの刺繍の服も、クロアチア・シーサックの刺繍の服も、1年もかけて女達が針をはこんだものだ。きっと私の服達も喜んでくれただろう。

井上靖氏も、見ないで書いた『敦煌』だったが、後に訪れた町は大きく間違ってはいなかったと書いていらした。
『貝紫幻想』を書いた芝木好子さんは、メキシコのオアハカ州へ御一緒した時、
「小説通りの風景でしたね」
「よかった。想像で書いたけど、大きく間違ってなかった。私の手が書かせてくれたのね」
マルドナド海岸のブッシュも、砂浜も、アクキ貝(貝紫)を運んだ波も、小説のままだった。
山口恵以子さんの『月下上海』も1940年代の上海を見事に浮き上がらせてくれた。
渡辺謙、ジョン・キューザック、菊地凜子など、あの時代に帰ったような、私の上海だった。

『ザ・インタビュー』の最後に、色紙を書くシーンがあった。
「人生とは、あたえられた時間」
と書いた。

自分の人生だ。大事に生きたいものだ。(老友新聞社)

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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