コラム

マコのよもやま話 | 和泉 雅子
連載30 やっぱり先輩

TBSの連続ドラマで、なんと、柳家小さん師匠と共演した。題名は忘れたが、下町の建具屋の、おじいちゃんと孫娘の話。実はおじいちゃん(小さん師匠)、剣道が大好き。収録の合間は、ずうっと剣道のお話しばかり。なんでも、竹刀を構えて集中している時が最高とか。
ある日、おじいちゃん「小咄を教えてあげるよ。おぼえなさい」「えー、そんなの無理」「大丈夫。とっても簡単な小咄だからね」というわけで、教えてもらうことになってしまった。小咄は、ちょっと艶っぽい話。若夫婦には、赤ん坊がいる。二階で奥さんが赤ん坊を寝かしつけている。二人っきりになりたいご主人、しげしげと二階をのぞく。赤ん坊がなかなか寝付かないので奥さんが「まだだ、まだだ」と手を振る。
ある日、ご主人がのぞくと、奥さんがぐっすり寝てて、赤ん坊が「まだだ、まだだ」と手を振っていた、という小咄。
収録が6か月かかったが、おじいちゃん、あきずに根気よく教えてくれた。おかげさまで、打ち上げのパーティーで、御披露させていただいた。そして、おじいちゃん「あのね、怒るお芝居の時、本当に怒っちゃあダメだよ。怒ってみえないんだなあ。笑う時、泣く時、すべて腹八分で芝居をすると、ちょうどいい塩梅なんだよ」
そしておじいちゃん、記念にと色紙を書いて下さった。おじいちゃんそっくりの、狸の絵だ。そこに一言「他抜き」と添えてあった。だます演技ではなく、勉強に勉強を重ねて、他を抜く程の女優さんになりなさい、という意味とか。さっそく額装して我が家の床の間に。出かけるたびに、おじいちゃんの色紙におじぎ。これが私のルーティーンになった。
それにしても、おじいちゃんの落語の心髄「腹八分」そして「他抜き」こんな大きな、大きなヒントをいただき、頭が下がる。おじぎ。やっぱり、先輩。イヨッ!先輩。心の中で、大向こうをかけてしまった
あっ、すごいといえば、杉村春子先生。27才の時、日曜劇場『おんなの家』で共演。物語は、下町の炉端焼き屋。長女梅(杉村先生)三女葵(山岡久乃さん)四女桐子(奈良岡朋子さん)亡き二女あやめの娘さくらが私。4人で切り盛りしているお店。豪華メンバーなので、単発ではもったいない、と思っていたら、シリーズ化。平成5年まで、19年間に16本も放送。しかも舞台化。何回も上演された。いつしか代替わりして、なんと私が、奈良岡さんの桐子役を演じることとなり、本当に驚いた。三人の大先輩は、テレビでも舞台でも、姉妹のように仲良しで、おしゃべりしたり、はしゃいだり、それを見て、ほっこり。
さて、杉村先生。ドラマの中で、風邪を引き寝込んでいる。おかゆを持ってきた私、先生を起こして、羽織を肩にかけた。「あのね、羽織をかける時は、相手が美しく見えるようにかけるのよ。襟の中心線を、きっちり背縫いに合せ、袖を通しやすいように、まず右の袖山を持ち、次に左の袖山を持ち、着せてもらう人が、美しく見えるようにしましょうね」
うわあ、すごい事教わった。思わず「わかった」と返事。すると先生「あのねえ、演技にわかったなんてことはないのよ。一生、わからないの。だからそんな時は、わかったような、気がします。と答えると、とっても素敵よお」
うわあ、すごい。ちげえねえ。私、思わず「わかった」「ホレッ」と、二人で大笑いになった。先生のご指導のおかげで、映像の中のさくら(私)は、おばちゃん思いの、行儀の良い、やさしい娘に映った。やっぱり、先輩はすごい。
平成元年5月10日午前6時30分、私、北極点に到達した。帰国後、又々『おんなの家』に合流。先生が世界のお人形を集めていたので、イヌイットの伝統的な人形をプレゼント。先生は大変喜ばれて、乙女のような、抜けるような青空のごとく、透き通る美しいガラスのような笑顔を見せた。はて、私、こんな先輩になれるかしらん。じゃあ、またね。
■本コラムは和泉雅子様に生前書き溜めていただいた原稿を引き続き掲載させていただいております。(老友新聞社)
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- 和泉 雅子
- 女優 冒険家
- 1947年7月東京銀座に生まれる。10歳で劇団若草に入団。1961年、14歳で日活に入社。多くの映画に出演。1963年、浦山監督『非行少女』で15歳の不良少女を力演し、演技力を認められた。この映画は同年第3回モスクワ映画祭金賞を受賞し、審査委員のジャン・ギャバンに絶賛された。以後青春スターとして活躍した。
1970年代から活動の場をテレビと舞台に移し、多くのドラマに出演している。
1983年テレビドキュメンタリーの取材で南極に行き、1984年からは毎年2回以上北極の旅を続けている。1985年、5名の隊員と共に北極点を目指したが、北緯88度40分で断念。1989年再度北極点を目指し成功した。
余技として、絵画、写真、彫刻、刺繍、鼓(つづみ)、日本舞踊など多彩な趣味を持つ。 - 主な著書:『私だけの北極点』1985年講談社、『笑ってよ北極点』1989年文藝春秋、『ハロー・オーロラ!』1994年文藝春秋。
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