コラム
江戸名所図会〈絵入りの本格的なガイド本〉
(本稿は老友新聞本紙2020年2月号に掲載された当時のものを一部改訂しております)
ここ数年外国からの観光客が増えつづけ、皆さんスマホ片手に歩いていますが、その裏では『江戸名所図会』のような昔の絵入りのガイド本が人気があるそうです。
江戸時代には、日本全国の名所旧跡を記した書物が数多く刊行されました。「名所」とは、江戸時代以前までは和歌に詠み込まれていた古跡景観を表す「ナドコロ」とされ、実際にその場所に行かなくても、歌を作るための教養として知っておくべき場所でした。しかし、平和な江戸時代になり街道も整備されたことで、人々の物見遊山や寺社参詣が活発になり次第に名所は「行ってみたい場所」へと変化していったのです。その案内役がとして活躍したのは「案内気」「名所記」「名所図会」などで、その中で代表とされたのが天保年間(1830年~1844年)に江戸の名所の新たな紹介本として誕生した「江戸名所図会」です。
作者は江戸を対象とした芸能、文化、歴史に関する数多くの本を世に送り出した斎藤月岑。彼の名を押し上げたのは、30歳の若さで7巻20冊の大作『江戸名所図会』を刊行させたことによります。
実はこの『江戸名所図会』は月岑一人の手によるものではありません。最初に手がけたのは祖父の斎藤幸雄でした。寛政10年に出版が許可されていたものの,幸雄が亡くなってしまい刊行は白紙となってしまい、その後、月岑の父の斎藤幸孝が受け継ぎ、江戸の郊外まで名所収録を広げたのですが、未完のまま残念にも亡くなってしまいます。父親に代わってようやく出版にこぎ付けたのが月岑です。
『江戸名所図会』は市民が求めている状況を的確に掴み、新しい絵師や作家を発掘するプロデューサーの役割も果たしていた江戸屈指の版元「須原屋」により、写実性の高い挿絵を描く長谷川雪旦を絵師に起用し、祖父依頼の親子三代にわたる四十年もの歳月をかけて誕生したのです。収録されている名所件数は1043件、範囲は南関東全域に及んでいます。
数々の文献の引用と土地の人に聞き取りをし、豊富な挿絵は全体を俯瞰する(上からみおろす)ような構図で、名所全体の配置や景観などをリアルに理解することができ、橋や建物を含めた都市景観、祭礼、年中行事などの風俗と人々の様子やなど、生活に密接に関わる部分を見事に描いているのが特徴です。
他の書には見られない空間的範囲と、圧倒する名所の数によって「東都盛大の繁盛」を描き出しているのですから、7巻20冊に及ぶ江戸名所大辞典と呼んでもおかしくありません。
江戸にもこんなに歴史や由緒ある名所が存在することを、江戸以外の人へ江戸案内だけでなく、実は江戸っ子自身が確認する本でもあったのです。斎藤親子はこの本を通して江戸っ子としての誇りを示していたのではないでしょうか。
草積み、虫狩り、月見などの行楽地として広大なすすき野原が描かれている「広尾原」は高級イメージのある今の広尾です。月岑親子はこの変貌ぶりは想像もつかないことでしょう。
(本稿は老友新聞本紙2020年2月号に掲載された当時のものを一部改訂しております)
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