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映画のグルメ

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2020年01月08日

№3男はつらいよ(第1作:男はつらいよ、第15作:寅次郎相合い傘)―侘びしさ表現した「ラーメン」と憧れの「メロン」への執着がノスタルジーを誘う―

(松竹1969・1975年)
原作・監督・脚本:山田洋次 脚本:森崎東(第1作)、浅間義隆(第15作)音楽:山本直純 出演:渥美清、倍賞千恵子、前田吟、浅丘ルリ子(第15作)

お馴染み渥美清主演、山田洋次原作・監督の世界最長シリーズ映画である。渥美の逝去により48作目の「男はつらいよ 寅次郎紅の花」でシリーズは打ち止めとなったが、その後25作目の「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」を再編集し、新たな撮影場面を加えた「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」が49作目として作られた。

このシリーズはもともとTVドラマで、リアルタイムで観ていた者としてはこちらの方が面白かった。“愚兄賢妹”をテーマにしたもので、山田監督がフランスの劇作家で映画監督のマルセル・パニョルの、「マルセイユ3部作」にインスピレーションを得たとのことだ。

それはそれとして、個人的には室生犀星原作・成瀬巳喜男監督の「あにいもうと」(1953年)がもとネタと推測する。ともに深い兄妹愛があり、舞台は川のそば、その上バスが電車に代わっただけの酷似のシーンもあり、強い影響が見てとれる。

落語に精通した山田監督と、テキヤ言葉に対する恐るべき記憶力持つ渥美の出会いが生みだした、空前絶後のシリーズであり、山田監督の初期の秀作喜劇「馬鹿まるだし」「なつかしい風来坊」の延長上に必然的に出現した作品である。

観る者は単純で惚れっぽい寅さんを「ばっかだなー!」と思いつつ、渥美の艶っぽい声が醸しだす“妙な論理”に説得され、自由気侭に振る舞う寅さんに自分の思いを重ね、「とらや」とそれを取り巻く人々に、豊かではなかったが人情と小さな幸せがあった「懐かしい日本」を感じとるのである。

時代は昭和40年代の半ば、高度成長に乗った日本人が“何かを”忘れ始めた時期に、寅さんが登場したことが興味深い。松竹撮影所の大先輩・小津安二郎と、“元祖松竹の寅”こと喜劇映画の巨匠・斎藤寅次郎の香りがする国民的映画である。TV版ではさくらを長山藍子、おばちゃんを杉山とく子が演じた。長山が妙に色っぽく、兄に対する思いに「近親相姦的」なものすら感じた。

ところで映画版のさくらは倍賞千恵子だが、これは彼女が「下町の太陽」以来、山田監督作品の常連だったためと思える。倍賞は1回目から“さくら”を初々しくかつしっかりと演じ、若さがもたらす美しさは絶品であった。以後、彼女が寅さんとともに映画界の階段を駆け登って行ったのは周知の通りである。

さてよく知られているように、現存するTV版のビデオは1回目と最終回しかない。最終回で奄美大島にハブを取りに行った寅さんが、ハブにかまれて死んでしまうということでお終いにしたところ、視聴者から猛烈な抗議が寄せられ、山田監督で映画化と相成った。ちなみに映画版の第1作「男はつらいよ」と第2作「続・男はつらいよ」は、TV版の1回目を二つに分けてそれを下敷きに作られている。

TV版で東野英治郎が演じた恩師・坪内散歩(逍遥のもじり)と冬子(佐藤オリエ)父娘は、映画版では2作目に出るのみである。代わりに1作目では御前様とその娘・坪内冬子(光本幸子)として登場する。

しかし続編が作られることになり、2作目は散歩先生の親子の話が中心になる。ここでは東野・佐藤のTV版のオリジナルコンビが登場するが、佐藤の役名は坪内夏子とややこしい。
光本幸子の冬子が登場すると、TV時代からのファンは混乱するので、さすがに光本は登場させず御前様のみの登場であった。続編を想定していなかったためだろうが、脚本作りは冷や汗ものだったと推測出来る。冬子は「寅ちゃん!」の呼び声と雰囲気を含めTV版の佐藤オリエが圧倒的によい。ただ、映画版の佐藤オリエは画面の拡大した分、何か間延びした感じであった。

寅さんの舎弟・登(津坂匡章)はTV版も映画版も津坂で、映画版の源公(佐藤蛾次郎)はTV版では登場せず、同じ佐藤が川島雄二郎という名で寅さんの腹違いの弟を演じている。川島の名前は山田監督の師匠・川島雄三からのいただきだろう。妹さくらの亭主・博(前田吟)はTV版では井川比佐志で、医者である。実母は映画版ではミヤコ蝶々でTV版は武智豊子。いずれも個性の強さでは他の追随を許さない。

お馴染みの星野哲郎作詞、山本直純作曲のテーマ曲はTV版ですでに使用されていたが、映画版では途中から歌詞が変わっている。ロケ地の風景を含め印象深い場面がてんこ盛りの映画だが、1作目では「寅さんとさくらが初めて出会う場面」「博を追ってさくらが一緒に電車に乗る場面」「結婚式での博の父親(志村喬)の挨拶」が特に印象深かった。

また映画の1・2作目は山田洋次が監督し、3作(「フーテンの寅」)は森崎東が、4作(「新・男はつらいよ」)はTV版の全26作品を演出した小林俊一が監督した。この2本以外の監督は総て山田洋次である。従って、「男はつらいよ」は彼の名前と一体になって映画の歴史に残ることになったが、この作品はあくまでもTVドラマの延長上に存在した映画である。小林俊一の貢献は影が薄いままなので、ここであえて彼の功績をTV版を未見の若い世代に伝えておきたい。

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斉田 育秀
  • 映画史・食文化研究家

1948年横浜生まれ。1973年東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部製造学科卒。同年キユーピー株式会社入社。「醤油ベースドレッシング」の販売戦略を立案、ブームの仕掛け人となる。1992年親会社にあたる株式会社中島董商店に移り商品開発部長。2004年よりグループ会社アヲハタ株式会社の常勤監査役となり、2010年退任し2013年まで株式会社トウ・アドキユーピー顧問。その後、株式会社ジャンナッツジャパンの顧問を経て、現在東京海洋大学・非常勤講師(魚食文化論)。この間海外40余カ国、主要130都市を訪れ、各地の食材・料理・食品・食文化を調査・研究する。

映画のグルメ ―映画と食のステキな関係―
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サヨナラおじさん(映画評論家・淀川長治氏)の門下生が書いた、名作映画と食べ物のステキな関係。食品開発の専門家がユニークな視点で解説する、映画と食べ物の話。厳選された映画史上の名画63本(洋画43本・邦画20本)を取り上げる。
斉田育秀・著 / 五曜書房・刊 
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