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コラム

2021年12月17日

「幸運・悲運は紙一重」~本紙読者投稿より

昭和19年4月、私は徴兵検査を受けて見事甲種合格となり、翌年軍隊に入営の通知書をいただきました。

そして3月27日に、多くの部落の方々からの歓呼の声に送られ汽車に乗りました。車窓から、一面緑一色の麦畑を眺めながら「私たちが行けば戦争に勝てる」と気負い込んでおりました。負けるなどとは微塵にも思いません。

会津若松駅に到着し、下車と同時に先輩の兵隊さんに連れられ、会津若松の兵舎に入りました。

夜になり、私たちは兵舎の廊下に二列に並ばせられました。片方の列の者は別室へと入っていきました。残った私たちの列は、古い軍服に着替えさせられ、別の兵舎へと入ることになりました。

翌朝に、昨夜別れた組は、夜のうちに満州へ発ったと聞かされました。私は内心、その組に入りたかったと思いました。親戚の人が、満州の奉大に憲兵隊で従軍中だったからです。
残った私たちの組は猛特訓を受け、同年6月、冬軍服のまま内地部隊に編成され、宮城県内に駐屯、食料が不足しがちで苦労しました。そして8月終戦となり、無事に帰りました。

それから時は流れ、昭和55年、私は戦友会の開催を思い立ち、地元新聞へ広告を出しました。すると一人の方から連絡があり、

「戦友会の開催ありがとう。私はあの日、夜のうちに満州へ連れられた組の者です。終戦の直前、私たちの組はソ連に抑留され、極寒と重労働で死者が続出しましたが、私は運よく帰る事ができました」

と、涙ながらに方っていただきました。

「シベリアから生還した人がいれば逢いたくて、このままでは死んでも死に切れない。戦友会の開催、本当にありがとう、私も当日はぜひ出席します」

とも言ってくれました。

広告を見た方からの回答は60人、出席者は36人でした。
今回の話を聞き、人の幸運、悲運は、文字通り紙一重。一寸先は闇であると思い知らされました。
(福島県 K・K)

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