コラム
マコのよもやま話 | 和泉 雅子
連載35 されど、電話
折りたたみのケイタイ電話が鳴った。蓋をあけると、登録している人からだった。でも、誰だか思い出せない。でも、登録している人だから、と電話に出た。
「あ、和泉さん。○月○日○時から、国際フォーラムでコンサートがありますので、ぜひ来て下さい。切符も用意してあります。楽屋にも顔を出して下さい。おまちしております」
誰なのか思い出せないまま「はーい」と返事をしてしまった。フォーラムでコンサート。クラシックの方かしらん。歌の方かしらん。それとも、お芝居。必死になって思い出した。あ、わかった。舟木君(舟木一夫さん)の息子さんだ。でも、不安だったので、有楽町のフォーラムに確認に行くと、まちがいなく、舟木君のコンサートだった。
さて、当日。息子さんにもぎりまで迎えに来てもらって、舟木君の楽屋へ。中に入ると、すでに舟木君のお芝居にいつも出演する役者さん達が、舟木君を囲んでお話をしている。いきなり舟木くん「マコちゃん、セリフ忘れちゃうんだよね」「うん」全員、シーン。次の瞬間「えーっ」どうやら舟木君、この老友新聞のよもやま話を読んだ気配。ちょっぴり、うれしかった。
セリフを忘れたといえば、二人っきりの場で、すべてセリフを忘れてしまったことがある。大阪の新歌舞伎座で『ストーン・ウェル』の大阪旗揚げ公演だ。『花はどこでも咲く物語』と『かたき同志』の二本だて。「花は」の方は、ステテコのゴムヒモを全部入れかえて、完璧。「かたき同志」は、京塚の母さん(京塚昌子さん)の娘で、大店のお嬢さま。片や、山岡の母さん(山岡久乃さん)の営む、居酒屋の息子(ごめんなさい。名前が出てこない。ウルトラマンをやった人です)。母親同志が仲が悪く、二人の仲をゆるしてくれない。ついに二人は駆け落をしてしまう。旅館の離れで一夜をすごした二人。仲睦まじかったのに、いつの間にか大喧嘩、という場。
ある日、幕があいたとたん、私、すべてのセリフを忘れてしまった。映画のスクリーンのフィルムが切れて、白い画面になったような感じ。思わずウルトラマンに小声で「セリフ忘れちゃった。どんどん言って」。ウルトラマン息をのむ。必死で、どんどん自分のセリフを言う。私、動きは覚えていてバッチリだったが、どうしてもセリフが出てこない。台本がうかぶが、文字が見えず、真白いまま。醤油のシミやチョコレートのシミがうかぶばかり。
ついに、暗転のきっかけの最後のセリフ。なぜか、これだけ思い出し「あやめが、きれい」で、暗転。12分の場なのに、わずか3分で暗転に。スタッフも出演者も、大慌てになってしまった。
たまたまこの日は、東京から池内淳子さん、長山藍子さん、そうそう奈良岡朋子さんなど、錚々たるメンバーの総見日だった。
終演後、お食事会があり、藍子姉ちゃんが「マコちゃん、あの駆け落ちの場、あんなに短かったかしら」「ううん、私、セリフ全部忘れちゃって、短くなっちゃったの」全員一斉に「マコちゃん、いいかげんにしなさいヨ」と、大目玉を食ってしまった。
しかたない。わざとじゃない。どうしてなのか、わからない。しかも、なんで総見日だったんだろう、と大反省した。ウルトラマン、ごめんね。
実は、つい、つい最近、あの四角いケイタイ電話になった。大混乱で、何がなんだか、さっぱりわからない。あのセリフ忘れた時状態。もう使えなくなった折りたたみのケイタイを眺めながら、フッと、昔を思った。
壁掛けの電話で、耳当てを取り、右側のハンドルをグルグルまわし交換手に電話をつないでもらう。次は黒い固定電話で、受話器を上げてハンドルをまわし交換手につないでもらう。次は、ダイヤルで自分で電話番号をまわす。次は、ボタン式で留守番電話が登場した。そして、今日に至っている。
この、四角いケイタイをにぎりしめ、漠然とした中で「時代よ、もどれー」と念じてみた。
じゃあ、またね。
この記事が少しでもお役に立ったら「いいね!」や「シェア」をしてくださいね。
- 和泉 雅子
- 女優 冒険家
- 1947年7月東京銀座に生まれる。10歳で劇団若草に入団。1961年、14歳で日活に入社。多くの映画に出演。1963年、浦山監督『非行少女』で15歳の不良少女を力演し、演技力を認められた。この映画は同年第3回モスクワ映画祭金賞を受賞し、審査委員のジャン・ギャバンに絶賛された。以後青春スターとして活躍した。
1970年代から活動の場をテレビと舞台に移し、多くのドラマに出演している。
1983年テレビドキュメンタリーの取材で南極に行き、1984年からは毎年2回以上北極の旅を続けている。1985年、5名の隊員と共に北極点を目指したが、北緯88度40分で断念。1989年再度北極点を目指し成功した。
余技として、絵画、写真、彫刻、刺繍、鼓(つづみ)、日本舞踊など多彩な趣味を持つ。 - 主な著書:『私だけの北極点』1985年講談社、『笑ってよ北極点』1989年文藝春秋、『ハロー・オーロラ!』1994年文藝春秋。
- 今注目の記事!






























