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コラム

2021年05月28日

不思議な出逢い

(本稿は老友新聞本紙2019年11月号に掲載した当時のものです)

あの美しい声をもう聞くことはない。
このところ悲しい知らせを聞くことはめずらしくないが、ソプラノ歌手・佐藤しのぶさんの訃報を聞いて、私はミラノのスカラ座をめぐる、あの日を思い出す。

    ◇

1985年12月20日。私たちはミラノのスカラ座をめざしていた。
浅利慶太さんの演出、林康子さんのマダムバタフライ。
クリスマスを前に、パリはイルミネーションが美しい。でもパリ発・ミラノ行の飛行機は、私達の心を知らぬげに、何回も遅延の知らせ。午後6時までに間に合うのだろうか。
12月22日。きっとすでに空港へ向かえが来てくれているはずだ。
新しく作った家宝の訪問着が重い。

かつてパリでマダムバタフライを見たが、きものや着こなしがやりきれなかった。もっと美しい本当の着こなしで見てみたいと長い間思っていた。
でも今年は、友禅は近藤さんだし、森英恵さんの監修だ。ソプラノ歌手の林康子さんも久しぶりに聞けるのはうれしい。

やっと目的のスカラ座に着いて、自分の席へ。なんと2階の真中2列目。
そのために訪問着を持参して来たのに、ホテルへ着替えに寄る暇もなく、私達はジーンズで着席。ゲストはみなイブニングドレス。家宝の宝石をつけて、ハイ・ソサイエティのクリスマス・コンサートだ。
これもみんな、飛行機のせいだ。霧のせいだ。

いよいよ、はじまり。
浅利慶太さんの大胆な演出。美しい林康子さんのアリア。
なんと隣のおばさんが私にオペラグラスを貸してくれた。こんなことは初めてだ。
蝶々さんがピンカートンの愛を失って、苦しみながら舞う、悲しみのしぐさ。
白い障子の向こうで閑崎ひで女さんが舞う。影だけの演出に。
白い障子の向こうで、蝶々さんの悲しみがじーんと伝わってくる。

翌日の新聞にこう書いてあった。
「スプレンディーダ バタフライ」
「スカラは誤りを正してくれた」
大成功だった。
私は舞台が好きで、ニューヨークのブロードウェイにもよくミュージカルを見に行った。

    ◇

ところで前置きが長くなったが、当然しのぶさんの舞台も何回か楽しませていただいた。日本を代表するソプラノ歌手だ。

ある日、食事を御一緒した時、スカラ座の話になって、1985年のマダムバタフライの話になった。
クリスマス前のミラノの美しい夜景の話から、なんと私達は同じ12月22日、同じ舞台を見ていたのだ。しかも私は2Fの上手、しのぶさんは2Fの下手。不思議なめぐりあわせだった。

毎日発声練習をして、その美しさ、巧みさは世界のプリマドンナとして、日本が誇るべき人だった。
国境を越え、言葉の壁を越え、日本人もいろんな分野で活躍している。
しのぶさんは、もっともっと歌いたかっただろうに、本当に速すぎる別れだ。
一度出逢っただけで魅了されるやさしさ、34年も前のことだ。
来るオリンピックもいろいろな民族が共友しながら、新しい世界を作っていくだろう。国境を超えて、新しい世界が作られる。
しのぶさん、やすらかに。
(本稿は老友新聞本紙2019年11月号に掲載した当時のものです)

 

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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