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コラム

2016年11月17日

軍国少年の備忘録~特攻出撃前夜の体験

神奈川県 K・N

「作業止め! 総員見送りの位置につけ」

ここ長崎県の大村海軍航空隊(352空)は本土防衛の最前線特攻基地である。この日もスピーカーから緊急放送が流れると、源田実航空指令(戦後参議院議員)をはじめ総員が大滑走路に面して整列した。

南方に巨大な敵航空母艦が出没したので邀撃作戦に打って出るのだという。滑走路には零戦を主軸に、陸上攻撃機、艦上爆撃機などを併せ数百機の大編隊が次々と集結した。

 

出撃前夜は消燈後の巡視点検当番だった。部下1名を伴い、分隊兵舎の巡視を済ませ、うす暗い仮設便所に向かうと、一番手前の厠からボソボソと異様な物音がする。2人が目で合図して戸口にそっと耳を当てると、

「おっ母~、おっ母~」

とすすり泣く声がする。

「特攻出撃前にはよくある話だよ」と聞いてはいたが、私は初めてだった。

咄嗟の機転で50メートルほど戻り、5分ほど間を置いて

「四百余洲を挙る 十万余騎の敵 国難ここに見る……」

と軍歌を歌いながら近づき、一呼吸置いて、

「第○分隊の中澤飛長(飛行兵長)である。これより巡検を行う。入っている者は直ちに出て、官、投球、氏名を名乗れ」

と大声で呼びかけると、まもなくして

「ご苦労、○○特攻隊の加藤少尉だ。あっち(士官宿舎)は満員だったのでな」

と、特攻服に身を包んだ青年士官が出て来た。その顔には清々しい笑みさえ浮かべ、今まで泣いていた気配などおくびにも見せない。

「なんぞ恐れん我に 鎌倉男子あり…」

加藤少尉は二番を歌いながら士官宿舎の方へと消えて行った。我々は加藤少尉の姿が闇に溶け込むまで食率不動の姿を崩さず、挙手の礼で見送った。

 

出撃の当日。ゆっくりと大滑走路に向かう機影に目を凝らし、加藤少尉を探したが、防風ガラスに反射する朝日で顔が分からない。やがて轟音を上げながら次々と飛び立って行った。

「総員! 元の作業に戻れ」の放送で白昼夢から覚め、夢中で振っていた戦闘帽を深く被り、明日出撃の特攻機の整備に戻った。

 

この日を境にして、敵機の本土空襲がますます激しくなって来た。

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