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コラム

2020年04月15日

第38回 「安土城」五重六階!世界一の木造高層建築物 ~お城の革命家・信長の城~

芸術的な「天主」と石垣
近世城の2大要素生み出す

お城といえば天守と石垣。この二大要素は安土城で誕生したものです。
石垣、天守、瓦の三大要素を持ち安土城以降に築城されたお城を近世城郭、それ以前のものを中世城郭と分けられています。安土城は現代のお城の元祖、築城史においても革命家といってもいいほどの織田信長が造ったお城です。

 

軍事基地から権力象徴の存在へ

安土城は天守ではなく「天主」と表記しますが、これは日本初。五重六階地下一階の木造高層建築物は世界初。1~4階までは吹き抜けで、金、群青、朱に塗られた八角形と正方形の望楼は、不等辺七角形の天主台にそびえ、内部は桃山時代の代表的な絵師狩野永徳による金碧障壁画。瓦はこれも日本初の城専用瓦と金箔瓦、金の鯱が乗る超豪華な造り。これだけで十分センセーショナルだったのですが、信長は今までのような戦うための軍事基地から、政治、経済の役割を加え、権力の象徴としてお城の存在意識を変えたのです。

安土城の天主が芸術的空間だったのは、信長が命令一つでその道の一流といわれる職人を日本全国から集め、これ以上ない最高の芸術作品をつくれるという証でもありました。
今の安土城は現存している石垣と「○○跡」があるだけです。残っているものを見学して楽しむというよりは、想像してイメージを膨らませて楽しむお城です。

最寄り駅の近く「安土城天主信長の館」には天主復元模型があり、「安土町立城郭資料館」にも貴重な資料がありますので、情報を入手してから現地へ行くと想像力も膨らみ数倍楽しむことが出来るはずです。ですから、ここでは細かい事は書きません。

信長がこの土地を選んだ理由は、京の都までは琵琶湖経由で半日、しかも琵琶湖を物資の運搬に利用出来る、中山道が通る陸上交通の要であり、近江の中心に位置し全国2位の石高を誇るなど、天下を統一するためには好立地だったからです。

安土城ミステリーの一つに、未だに発見されていない「蛇石」があります。「蛇石」とは『信長公記』などに記されている巨石のことです。築城時に三日三晩かけて一万人が運んだとされています。二の丸下段にテーブル状の巨石が置かれ「蛇石」となっていますが……これは違うようです。

登城口から真っ直ぐに続く直線で幅広の坂道が大手道。いかにも信長らしいです。安土駅から徒歩で行ける場所なので、これからの季節は想像力をリュックに詰めて「何もない」を楽しんでいただきたいお城です。

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