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コラム

2021年01月12日

「正月餅の風習…地域によって『焼き餅』はおあずけ?」~本紙読者投稿より

小作農家に生まれた私は雪深い山村生活を送っておりました。冬の通学は坂道の多い4キロの道程を、草鞋を履きコートを着用して登下校をしました。

お正月は旧暦でした。年越し前になると年貢を納めた後の貴重なもち米を桶に浸して正月の準備をします。大晦日には朝から煤払いをして、午後になるとどこの家庭も大きな臼や杵が用意されていました。
かまどには大羽釜に何段もせいろを重ね、米を移し、火を焚いて蒸しました。頃合いを見て蒸し米を臼に移して、父が「待ってました」とばかりに餅つきをはじめます。

最初は米が飛び散るため、慎重に杵を小打ちし、こねます。好機となると、父が大きく杵を振り上げ、餅をつきます。母が瞬発力で手水をすると同時に餅をひっくり返し、まんべんなくつき、粘りを良くします。両親の「阿吽の呼吸」に感心して見物していました。

次に、つきあがった餅を打板に降ろし、粉をまぶして細長く伸ばし、千切ります。最初は鏡餅で、次は神仏用のお膳に整え、山草や海草で飾り、上に橙を置き、一回目が終了です。

それからが本番。私達が食する平餅作りです。皆でワイワイ騒ぎながら、子供は新藁で作ったムシロに並べ、お雑煮を待ちますが、言い伝えにより「とんど祭り」があるまで焼餅はご法度。地方のお雑煮で削りかつおや海苔を添えたもの、ほかにも小豆煮や黄粉をまぶしたものを戴くのです。

そしていよいよ「とんど祭り」です。爆竹に驚きながら注連縄やお札、書初めを燃やし、天高く上がれば字の上達が早い等と言われておりました。
そして焼餅を神棚に備え、健康を祈りました。

その後、囲炉裏で金網に載せた餅を焼き、砂糖醤油をつけて待望の焼餅が食べられるのです。ソリや竹スキーで滑り、腹をすかせ、絶好のおやつでした。
そんな風習があったことを覚えています。(島根県S・M)

 

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