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2018年11月01日

『木喰展』でホッコリと…「微笑仏」を訪ねて「なかとみ現代工業美術館」へ~

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初秋の甲斐路、山梨県身延町のなかとみ現代工業美術館を訪ね『生誕300年 木喰展』を鑑賞した。

木喰(もくじき)上人は、江戸時代中期の享保3年(1718年)、現在の山梨県身延町の山村に生まれた。22歳で出家し、45歳の時に木食戒を授かり「木喰行道」と名乗った。そして56歳の時に、遊行僧(修行僧)として日本廻国へ旅立ち、訪れた先々で一木造りの仏像を奉納した。
伝統的な仏像彫刻とは異なり、ノミの削り跡も生々しく、無駄を省き大胆にデフォルメされた80体の仏像と書画などの展示である。93歳で入寂するまで彫刻した仏像は1000体を超えるといわれ、庶民のために仏を刻み続けた。

仏像を遺した遊行僧は、木喰上人より1世紀近く前に活躍した円空が知られている。
円空仏が荒削りで野性的なのに対し、木喰仏は微笑を浮かべ温和な表情が多いのが特色。「微笑仏」といわれる由縁である。

木喰が笑顔の仏像を彫るようになったのは、80歳を超えてからといわれている。自分の姿を刻んだ自刻像も複数造っており、破顔一笑した晩年の自刻像の表情は魅力的で思わず見入った。
木喰を見出したのは、美術史家で民芸運動の推進者である柳宗悦である。大正13年に山梨県の旧家で3体の木喰仏に邂逅し、その芸術性の高さに魅せられ調査研究を進めたことで知られるようになった。

微笑仏を見終わって、なぜかホッコリした気持ちに包まれた。
《まるまるとまるめまるめよわが心まん丸丸く丸くまん丸》―木喰
が、なかなか丸くなれない心を丸くしようとする戒めとして詠んだ和歌である。(老友新聞社)

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