コラム
マコのよもやま話 | 和泉 雅子
連載31 さすが先輩
私の大好きな喜劇役者が、益田キートン(喜頓)さんだ。気の抜けたような台詞に、フッと笑ってしまう。さらりとミュージカルまでこなす。大、大、大好きな役者さんだ。
そのキートンさんと、なんと、舞台で共演することになった。うれしくって、うれしくって、公演中暇さえあれば、キートンさんの楽屋に入り浸り。たくさん、たくさん、お話しを伺った。特に気に入ったお話し。「まさこちゃん、人を試すのは簡単なんだよお」「えー、むずかしいよお」「うううん、簡単。その人に権力をあたえると、本性がいば現れるの。急に威張る人や、リーダーぶる人。怒る人や、意地悪くなる人。かくれていた本性が、出ちゃうんだなあ」ほんと。本当だ。その通りだ。さすが、先輩!
さて、長谷川先生(長谷川一夫さん)。東宝歌舞伎で、長谷川先生にお声をかけていただき『ある夜の殿様』で、殿様の恋人役に。花道で出番待ちをしていると、長谷川先生「今日もお耳のうしろが、黒いえ」つまり、化粧が雑で、いつも耳のうしろの白粉を塗りわすれ、注意して下さる。「化粧も役のうち。しっかり、がんばりや」ありがたい、一言。
舞台の楽屋では、毎朝各部屋にご挨拶に伺う。ある日、先生のお部屋に窺うと、化粧の真最中。「あのなあ、眉と目張りの化粧をしている時は、終わるまでジッと待って、挨拶しいや。化粧は役者のいのちやから」。あ、ちげえねえ。本当にそうだ。ありがたい、一言。
出待ちをしながら、舞台を拝見するのが、私の楽しみ。気になるところがあると、すぐ質問。「先生、縁側に座って、両手をついて、足をブラブラさせながらセリフを言うのは、なんでえ」「これはなあ、歌舞伎の手で、幼くみえるようにするためえ」「うわあ、かっこいい」これがきっかけで、驚くほど歌舞伎を拝見し、本気で日本舞踊を習うようになった。ありがたい、一言。
さて、流し目。「先生と目が合うと、女性のお客さんが、キャーと言うのは、なんで」「あのなあ、右へ二歩歩いて、三歩目に振り返ると、目が合うやろう。見ている人は、右へ行くものだと思っているのに、振り返って目があったら、うれしい。これが流し目なんえ」ありがたい、一言。この長谷川式流し目は、あちこちのお芝居で使わせていただいた。さすが、先輩!
さて、長年、数多く共演した先輩は、山岡久乃さんだ。最初に共演したのが、日活入社したての14歳、7本目の映画『若い爪あと』だ。母娘の役。布団を敷く場面だが、敷いたことがなく、しっちゃかめっちゃか。見かねた山岡母さん「パンツ丸見え。膝を折って、膝を付いて、布団は敷くの!」その通りやったら、うまくいった!この日から、母さんのお行儀レッスンが始まった。「人と話す時は、アゴを上げない!腕を組まない!足を休めにしない!」「はーい!」「挨拶は、頭ピョコンじゃなくて、しっかり頭をさげる!」「はーい」「箸は舐めない!迷い箸はしない!渡し箸はしない!」「はーい」「指差ししない!そんな時は、掌で差す!」「はーい」「いただいた菓子は、箱を持ち、まずまわりにすすめてから、食べる!」「はーい」「なんで料理出来ないの。やらなきゃダメでしょ!」「むりー」そこで母さん、暮しの手帖の料理本を2冊もプレゼントしてくれた。「これはね、読みながら料理ができるから、初心者でも大丈夫。がんばりなさい!」「はーい」
母さんは、すごい。めちゃめちゃ忙しいのに、本番の日は、大量のご飯を作って、全員で食べられるようにしてくれる。出番もセリフも多いのに、寝る時間があるのかしらん、と心配になる。
ある時、台所にガス台があるお家から、台所に電気のIHがあるお家にお引越し。ブチッと一言。「あの電気、ガスとちがって、おこわが出来ない」と不満顔だった。母さんの、数々のお行儀レッスンのおかげで、今日まで、恥をかかずにすんでいる。うーん、さすが、先輩!ありがとう。じゃあ、またね。
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- 和泉 雅子
- 女優 冒険家
- 1947年7月東京銀座に生まれる。10歳で劇団若草に入団。1961年、14歳で日活に入社。多くの映画に出演。1963年、浦山監督『非行少女』で15歳の不良少女を力演し、演技力を認められた。この映画は同年第3回モスクワ映画祭金賞を受賞し、審査委員のジャン・ギャバンに絶賛された。以後青春スターとして活躍した。
1970年代から活動の場をテレビと舞台に移し、多くのドラマに出演している。
1983年テレビドキュメンタリーの取材で南極に行き、1984年からは毎年2回以上北極の旅を続けている。1985年、5名の隊員と共に北極点を目指したが、北緯88度40分で断念。1989年再度北極点を目指し成功した。
余技として、絵画、写真、彫刻、刺繍、鼓(つづみ)、日本舞踊など多彩な趣味を持つ。 - 主な著書:『私だけの北極点』1985年講談社、『笑ってよ北極点』1989年文藝春秋、『ハロー・オーロラ!』1994年文藝春秋。
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