高齢者のための情報サイト【日本老友新聞】

老友新聞
ルーペ

コラム

2022年12月16日

「煮売屋」元祖・デパ地下 連載79

「犬も歩けばコンビニに当たる」と思うほど、いつの間にかコンビニが増えています。
我が家の周りでも徒歩3分圏内にいつの間にか3軒出来ました。コピーや支払い程度にしか利用しないのですが、たまに置いてある商品を眺めていると、その種類の多さ、回転の速さ、ブランドのオリジナルティー、季節商品の数々に驚かされます。

また、最近は店内でいただくイートインも増えて、チェーン店のカフェにも影響を与えているのだとか。一人分のお惣菜の開発も目ざましく本当に便利になりました。

そこで思い出すのは、江戸時代の茶屋。出現当初はよしず張りの簡単な作りで、通行人が茶を飲みながらひと休みする、道端にあった憩の場。お茶は1杯が4~5文と言われていたので、だいたい100円から120円ほど。ちょうど今のコンビニのイートインでコーヒーを飲むといった感じではないでしょうか。そこからだんだんと寺社の境内や、浅草や両国などの盛り場によしず張りの小屋が出来始めて、「水茶屋」と呼ばれるようになりました。

明暦の大火とも呼ばれた振袖火事の後、復旧工事のため職人や労働者が諸国から江戸へ集まり、そうした人々の胃袋を満たすために外食産業が盛んとなり、食生活も急速に豊になって行きます。蕎麦、寿司などの屋台が出現したのもこの頃です。江戸中期には店舗を構えた料理茶屋も増えました。

デパ地下、総菜店、コンビニなどのルーツは江戸の「煮売屋」です。野菜の煮しめや煮魚、煮豆などが売られ、徐々に品数も増えていったようです。「江戸の諸所にこれがあり、刻みするめ、こんにゃく、くわい、れんこん、ごぼう、刻みごぼうの類を醤油で煮しめ、丼鉢に盛り、店舗にならべられている」と『守貞漫稿』に記されています。

今とあまり変わらず、当時の庶民の家庭でも共働きは当たり前。おかみさん達は縫物などの内職をして生活費を稼いでいたので、総菜を買うのはごくごく普通の事でしたが、煮売屋の一番のお客は、江戸に単身赴任している武士、職人、労働者です。店舗営業の煮売屋も、天秤棒を担ぎ、売り歩く者もいたので、武家屋敷の勤番侍には大変重宝されていました。今でいう車でやってくる移動販売と同じシステムです。

また、「賄い屋」という商売もあり、見附警護の番人や江戸城中の宿直の武士、組屋敷の単身者に一汁一菜のお弁当を届けるいわゆる出前です。

いかがでしょうか江戸の庶民の食を支えるこの便利なシステム。ほとんど今の時代と変わりません。いつの時代も簡単便利が重宝されるものですね。簡単便利に甘んじないで体重コントロールを肝に命じる私です。

この記事が少しでもお役に立ったら「いいね!」や「シェア」をしてくださいね。

酒井 悦子
  • 伝統芸能コーディネーター / 筝曲演奏家

幼少より生田流箏曲を学び、現在は国際的に活躍する箏演奏家。

箏の修行と同時に、美術骨董に興味を持ち、古物商の看板も得る

香道、煎茶道、弓道、礼法などの稽古に精進する一方で、江戸文化の研究に励み、楽しく解りやすくをモットーに江戸の人々の活き活きとした様子と、古き良き日本人の心を伝えている。

高齢者に忍び寄るフレイル問題 特集ページ
日本老友新聞・新聞購読のお申込み
日本老友新聞・新聞購読のお申込み
  • トップへ戻る ホームへ戻る