コラム
かがやく人
「『「やりきった』ではなく、次から次へと目標を立てていく。それこそが良い人生だって思うんです。」井村雅代さんに聞く「私の健康法」
―今回はアーティスティックスイミング指導者の井村雅代さんにご登場いただきました。日本のアーティスティックスイミング会を長年牽引され、その基礎を築いた実績や功績の大きさから「シンクロ界の母」「メダル請負人」とも称される井村様に、指導者としての心構えや健康を維持する秘訣についてお話を伺いました。
正しいと思っている事を
振り返ってみるのが大事
アーティスティック水泳は2023年から新しいルールになりました。その瞬間から、それまでの「世界一」というものは何も効力を発揮しなくなりました。本当に仕切り直しです。それでも、私が専属のコーチを務める乾選手は「新しいルールで世界一を目指したい」と言ってくれました。あれだけ日本のアーティスティック水泳界に貢献をしてくれたのだから、その思いを叶えたい。そう目標を掲げて、彼女を世界一にすることができました。
全く新しい競技になったので、どう戦ってよいのか分かりません。それでも絶対世界一を取ってやろうと決意をしたので、プールサイドにパソコンを持ち込み、難易度を計算しながら演技のルーティンを作っています。この年になってそんな事をする日が来るとは思いもしませんでしたが、この新ルールのおかげで非常に頭が活性化しました。高い難易度の技を組み込み、その技が認定されれば有利になりますが、それでいて現実的に可能かどうかも考えなければなりません。
「コントローラー」という人が3人いて、演技終了後にモニターを見ながら演技中怪しいと思った部分のチェックをしていくわけですが、3回、普通のスピードで映像を見るんです。そして3人のコントローラーのうち2人がノーと言ったらその技はダメです。コントローラーが普通のスピードで見るならば、私はスローモーションで見てやろうと思いました。するとある時、ハッとしました。自分を疑うことが大事なんだと気づいたんです。例えば、体の角度を45度にする必要がある技の場合、自分としてはこれで正しいと、ずっと思っていて、選手に「これは正しくできてる」「それは低いよ」等と自分の感覚で指導していました。でも、それが本当に正しいのか…。
その時に、分度器を買おうと思いました。プールサイドとか、基準となる水平線をうまく使って、分度器で見た方が早いと思って。それで測ったら、やっぱり癖があるって分かったんです。日常的に正しいと思ってやっていることが、本当に正しいのかと、たまに振り返ることって大事なんだと思いました。
プレッシャーを受けるのは
「選ばれた人」だからこそ
プレッシャーっていうのは、選ばれた人にこそかかるものだって教えています。「きっと良い成績を出してくれる」と、誰かの期待を受けているからこそ、プレッシャーがかかるんです。もちろん期待をかける相手は誰でもいいわけではありません。「この人だったらやってくれそう」と期待をかけられる。あなたは選ばれた人なんだから、だからこそ期待をしっかり受け止めなさいと言うんです。
本当に押しつぶされそうなくらいにプレッシャーがかかった時は「私は私なんだ。私ができることを精一杯やったから、それでいいんだ」と思うこと。もし、精一杯やっていない人は、自分に嘘をついているから心が揺れてしまう。だからこそ毎日ちゃんとやる。一生懸命生きて、一生懸命練習しなきゃいけない。プレッシャーから逃げずに、しっかり背負いなさいと教えています。
自分の体と語り合う
私たちの職業病は腰痛や膝痛。硬いプールサイドを長く歩くからです。若い人は、暑いので短パンにゴム草履とかじゃないですか。私は昔から絶対にプールサイドではスニーカー、それも良いものを履きます。プールサイドの床はコンクリートよりも硬いんです。そんな硬い床の上をずっと歩くわけですから。若い時からすごく気を付けて、一番衝撃を吸収するスニーカーを選んで履いて、少しでもへたってきたら新しいものを買う。そうやって腰痛や膝痛を予防してきました。
ここ何十年、一度も練習を休んだことがないんです。以前は遠征に行くたびに必ず熱を出していましたが、歳を重ねるにつれて熱は出なくなりました。それは自分の体と語り合うようになったから。ちょっと頭が痛いとか、体が冷えたと思ったら、その時はご飯も食べずに、お風呂も入らずに服をたくさん着て寝ちゃう。とにかく、なんか変だなとか、ちょっと体調が怪しいなって思ったら、その時最善のことをして、明日寝込まなくてもいいように夜の時間帯を過ごすようにしています。
私も70歳を過ぎましたが、70年間故障せずに動き続ける家電なんてないじゃないですか。でも身体はすごく長持ちさせなきゃいけない。ちゃんと動かし続けるにはメンテナンスは当然だと思っています。3か月に1度くらい血液検査を受けていますし、人間ドックも、もう何十年も続けて受けています。
目標を持って生きること
それが心の健康の秘訣
健康であるためには、まず心が健康でなければダメだと思うんです。だから私は、常に目標を持つようにしています。逆に、何も目標がないなんて許せない。私の一番の健康の秘訣は、目標を持って生きること。たとえば、今日の午前中にあの荷物を片付けようとか、どんな小さな目標でも良い。そして1年かけて実行するような大きな目標も持つことです。
いつも目標を持ち続け、一つずつ達成して、そしてまた新たな目標を立てていくと、いつか、目標の途中で人生の終わりを迎えます。その時に「志半ばであの人は逝ったね」って言われたい。「やりきった」ではなく、次から次へと目標を立てて、そして志半ばで逝く。それこそが良い人生だって思うんです。(談)
プロフィール
井村雅代(いむらまさよ)さん
1950年生まれ。大阪府出身。
中学生からシンクロを始め、日本選手権で二度優勝。
1974年よりシンクロ指導者として活動し、1978年からは日本代表コーチに就任。メダリストを次々と育てられた。
現在は公益社団法人井村アーティスティックスイミング代表理事を務める。
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