コラム
マコのよもやま話 | 和泉 雅子
連載34 年忘れ!爆笑大会
映画やテレビは、NGと言って、失敗すると何度でもやり直しがきく。セリフ覚えの悪い私、しょっちゅう「とちる」ので『NGのマー坊』とあだ名がついた。でも、NGのおかげで、ノビノビ演技ができた。でも、でも、舞台はそうはいかない。「もう一回お願いします」ってわけには、いかないのだ。幕が上がると、最後までノンストップ。やり直しがきかないのだ。NGお得意の私にとっては、信じられない世界だった。当然ながら「どうしてえ」と言うぐらい、失敗をやらかした。
フー先生(石井ふく子先生)が、舞台の会社『ストーン・ウェル』を設立。第一回の公演に声をかけていただいた。
『花はどこでも咲く物語』江戸時代の女役者とおにぎり屋の若旦那(津川雅彦さん)の恋物語。
幕開きは、舞台で『娘道成寺』を踊る私。桟敷の若旦那が、途中で突然出ていってしまう。頭にきて、おにぎり屋に文句を言いに行くと、店は左前。そこへ「明日の朝、取りに来ますので」と、おにぎりを30人前注文。うっかり引き受けてしまった私。若旦那と私と、夜鳴きうどん屋(岡本信人さん)も巻き込んで、おにぎりを握る。翌朝やっと間に合い、ホッとする。そこへ、一座の座長、師匠が現われ、一座をクビになる。実は師匠、嫁にさせようと、わざとの縁切り。
こんな物語だ。
師匠役は、前進座の女形、河原崎国太郎さん。銀座七丁目の方で、泰明小学校の大先輩だ。
大先輩には、お世話になった。衿の合せ方、衿のぬき方、帯の高さ、何からなにまで教えていただいた。日舞を習って日が浅いため、早朝の真っ暗ながらんとした舞台で自主練習。
ある時、国太郎さんがこっそり見ている事に気づいた。「毎朝見ていたよ。ちょっとずつ、上手になったねぇ」こんなに早くに楽屋入りして見てくれていたとは、と、胸があつくなった。
さて、舞台。舞台の盆がまわり、おにぎり屋の場になる。文句を言おうと勢いよく登場。勢い余って、下駄を花道の付け根まで飛ばしてしまった。袖にいた舞台監督さん「雅子ちゃん、下駄を拾って中に入り、お袖でポンポンと足の裏を払って座敷に上がりなさい」その通りやったら、うまくいった。
ある日、盆がまわってきたら「雅子ちゃん、襦袢のお袖が出ているから、お芝居をしながら、たんもに入れてネ」その通りやったら、うまくいった。又々ある日、盆がまわってきたら「雅子ちゃん、カツラがずれてる」「直せねえよお」ここまでは小さな失敗。いよいよ、大物の失敗が訪れるのである。
さて、師匠との縁切りの場。座敷に上がっていただき、白湯を出す。「茶碗のありかも、お盆のありかも、まるで女房みてえだなあ」とっても、いい場だ。
ある日、師匠につづいて座敷に上がろうとしたら、着物の肌着のステテコのゴムが、パチンと切れた。ズルズルっとステテコが落ちてゆく。足を広げても、すぼめてもダメ。ついに着物の裾から顔を出した。咄嗟に身をよじって暖簾に消え、ステテコをパッと脱ぎ捨てて舞台へ。舞台に残された師匠は、何が起きたかわからず、ポカン。舞台が終わってから、事情を話し謝ると「あんた、月のもので、具合が悪くなったかと思ったわよお」と大笑い。
さすが師匠。さすが女形さん。ひとことがちがうねえ。粋だねえ。カッコイイ。
この日は、たまたまフー先生が見ていた。楽屋に飛んできて「マコ、どうしたの」「ステテコのゴムが、切れちゃったの」フー先生、怒るに怒れず、助手さんに「ステテコのゴムくらい、ちゃんと確認しなさい」と、へんてこりんな注意。楽屋中、おなかをかかえての大笑いとなった。
私の「ストーン・ウェル」の初舞台は、見事にステテコ事件で幕を閉じた。
なーんだ、これだけ、と思ったあなた。甘い。こののち、舞台の出演は、山ほど。失敗も、山ほど。聞きたいですか。では後程。乞うご期待!
じゃあ、またね。
この記事が少しでもお役に立ったら「いいね!」や「シェア」をしてくださいね。
- 和泉 雅子
- 女優 冒険家
- 1947年7月東京銀座に生まれる。10歳で劇団若草に入団。1961年、14歳で日活に入社。多くの映画に出演。1963年、浦山監督『非行少女』で15歳の不良少女を力演し、演技力を認められた。この映画は同年第3回モスクワ映画祭金賞を受賞し、審査委員のジャン・ギャバンに絶賛された。以後青春スターとして活躍した。
1970年代から活動の場をテレビと舞台に移し、多くのドラマに出演している。
1983年テレビドキュメンタリーの取材で南極に行き、1984年からは毎年2回以上北極の旅を続けている。1985年、5名の隊員と共に北極点を目指したが、北緯88度40分で断念。1989年再度北極点を目指し成功した。
余技として、絵画、写真、彫刻、刺繍、鼓(つづみ)、日本舞踊など多彩な趣味を持つ。 - 主な著書:『私だけの北極点』1985年講談社、『笑ってよ北極点』1989年文藝春秋、『ハロー・オーロラ!』1994年文藝春秋。
- 今注目の記事!






























