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コラム

2021年06月11日

伝統の力

(本稿は老友新聞本紙2019年12月号に掲載した当時のものです)

40分間、音のない世界だった。
令和元年10月22日。即位礼正殿の儀が行われた。国内外から2千人のゲストを迎え、国事行為として行われた。
皇室の方々は千年以上伝承されている古式の装束に身を包まれ、これまた古式にのっとって儀式を行われ、まさに音のない世界、絵巻の世界の如しだ。
次期天皇が即位されたことを内外に宣明なさるのだ。勿論、雅子皇后も、白の十二単を着用していらっしゃる。皇族方もそれぞれの決まった色の十二単におすべらかしだ。着付けもきりっとして美しい。皇中は山科流による着付だ。

私は昭和38~39年、宮内庁の最後の衣紋者である平井三良氏の指導を受けた。
平井氏は山科流衣紋道を正しく伝えたいということだった。
誰の意志で、どう選んだのかは知る由も無いが、とにかく私は御所に伝わる衣紋道を習得することにかけた。
平井氏によると、宮内庁に明治のはじめまでそのようなシステムがあったそうだ。衣紋者は十二単、束帯、狩衣、衣冠など通り、習得した者に衣紋者の資格が与えられたという。

私は最後の衣紋者となった。当時、十二単など見ることも無かったが、衣装を前に正座して、一礼をしてから着付けに入った。
勿論、御所は山科流だ。葵祭の斎王は高倉流だ。
どこが違うかというと衿合せだ。山科流は一枚ずつ衿合せをするが、加茂大社に伝わる高倉流は五衣(いつつぎぬ)の都合、五枚揃えて同時に衿合せをする。
おすべらかしに関しては、おすべらかしに「ひかげのかずら」という白い組紐を斎王は飾るが、山科流は頭部中央に金の釵子(さいし)と櫛だ。若干の違いがある。
こうして式服として、どこから写真を撮られても良いように着付ける。

御衣装の全てを習得したものに、衣紋者の資格が与えられたそうだ。現在はそのシステムはない。習得する教育機関も無いので、私は平井先生に習ったことで習得している。

G8洞爺湖サミットでも十二単の紹介をさせていただいた。
舞台では126代高御座(たかみくら)で即位を宣明される。
世界の首脳達の目は執拗に舞台にそそがれている。

壊すのは一瞬だが、守るのは力が要る。世界の王室はたくさんあるが、千年以上も古式を守っているところは少ない。
凄惨な事件が起きるたびに、日本の美徳はどうなのか。国際化の中で秩序はどうなるのかと思う。
自分の娘を殺して冷蔵庫へ入れておいたり、自分の息子を殺してメイルボックスに隠したり、同じ屋根の下に住んでいた身内に刃を向ける親・兄弟。推理小説を越えた現実。
苦しい現実を抱えながら、一方で古式が守られているのもまた現実。

10月26日、京都では時代祭が行われ、2千人の人が都大路を歩いた。
明治28年に行列として整った時代祭は、時代を追って、時代を代表する衣装に身を包む。2千人の参加者は、俳優のような衣装をつけて都大路を歩く。なんとこの日は天気にも恵まれた。やっと天は味方した。
古式も現代も共存しているのが京都。
(本稿は老友新聞本紙2019年12月号に掲載した当時のものです)

 

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市田 ひろみ
  • 服飾評論家

重役秘書としてのOLをスタートに女優、美容師などを経て、現在は服飾評論家、エッセイスト、日本和装師会会長を務める。

書家としても活躍。講演会で日本中を駆けめぐるかたわら、世界の民族衣装を求めて膨大なコレクションを持ち、日本各地で展覧会を催す。

テレビCMの〝お茶のおばさん〟としても親しまれACC全日本CMフェスティバル賞を受賞。二〇〇一年厚生労働大臣より着付技術において「卓越技能者表彰」を授章。

二〇〇八年七月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは詩書と源氏物語を語り、十二単の着付を披露する。

現在、京都市観光協会副会長を務める。

テレビ朝日「京都迷宮案内」で女将役、NHK「おしゃれ工房」などテレビ出演多数。

著書多数。講演活動で活躍。海外文化交流も一〇六都市におよぶ。

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